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*E057[]












Hong Meiling

「うーん、急に呼び出されたのはいいけど、一体何の  用なんだろう。
はっ、まさか……
この前の件で怒ら

 れるのかな……
あーやだなあ」
 
  突如咲夜に呼び出しを受けて、美鈴は紅魔館の長い廊下を歩いていた。
思い当たる節は……
色々無い事も無いのだが、差し当たって浮かぶ事と言えば、先日の八雲紫を素通ししてしまった件だろう。
 
Hong Meiling

「確かに私の責任ではあるけど……
あんな、動けなく  なるような妖気は初めてだったな……
ああでも私の

 失態には違いないし……」
 
Sakuya Izayoi 「よく分かってるじゃないの」  
Hong Meiling 「わあっ!?
 さ、咲夜さん何時からそこに」
 
  ブツブツとぼやきながら廊下を歩いていたら、突然咲夜の声がして驚き硬直する。
何時の間にそこに居たのか、咲夜が壁を背にして待ち構えていた。
 
Sakuya Izayoi 「たった今よ」  
Hong Meiling

「また時間止めてる間に現れたんですか?
 もう、趣

 味が悪いなあ……」
 
Sakuya Izayoi 「何か言った?」  
Hong Meiling

「いえ何も。
それより、応接室に来るようにって話だ

 ったと思いますけど、どうしてこんな所に?」
 
Sakuya Izayoi

「ああ、まあ大した話でもないかと思ってね。
それ 

 で、わざわざ来てもらった件なんだけど……」
 
  咲夜の鋭い視線が、じっと美鈴を見据える。  
Sakuya Izayoi

「これは貴方だけではなく、御屋敷全体にも言える事  なんだけど……
最近ちょっと、気持ちが緩んでいな

 いかしら?」
 
Hong Meiling

「緩んでいる、というと……
やはり、先日の件につい

 てでしょうか」
 
Sakuya Izayoi

「それもあるし、さっきもお花畑で何だか楽しそうに

 クルクル回ってたじゃない」
 
Hong Meiling

「わ、見てたんですか……
あれは休憩中の事ですから

 リラックスの為に緊張をほぐしていたんですよ」
 
Sakuya Izayoi

「そう言うけどねえ、休憩中と言えども館の外に居る  限り、常に有事に備えて動けるようにしておかない

 といけないの」
 
Sakuya Izayoi

「もし、私が見てたように外の敵が貴方を見ていたら  どう思うかしら。
組み易しと見て攻撃してくるかも

 しれないでしょう?」
 
Hong Meiling 「それは……」  
Sakuya Izayoi

「霊夢や魔理沙の時といい、今回といい……
そりゃあ  御屋敷に来ようなんていう連中は、厄介なのが多い

 でしょうけれども」
 
Sakuya Izayoi

「曲がりなりにも門の守護を任されてる以上、敵いま  せんさあどうぞ、では困るのよね。
それじゃあただ

 の置物と変わらないじゃない」
 
Hong Meiling 「…………!」  
  大人しく咲夜の小言を聞いていた美鈴だったが、徐々にきつくなってくる物言いに顔を強張らせる。
長らくの間門番として紅魔館に勤めていた者として、およそ聞き逃せない言葉というものがあった。
 
Sakuya Izayoi

「もうちょっと気を引き締めて責に当たってもらわな  いと、困るのは私やお嬢様なんですから……
用件は

 それだけよ、もう戻って」
 
Hong Meiling 「咲夜さん……
いえ、メイド長」
 
Sakuya Izayoi 「な、何よ突然」  
Hong Meiling

「その物言いはあまりに、この私を下に見た態度では

 ないですか?」
 
Sakuya Izayoi

「別にそういう訳じゃないけど……
でも、事実でしょ

 う」
 
Hong Meiling

「……私はお嬢様に認められて、門の守護という役を  任されました。
以来、門番として十二分に役目を果

 たしてきたと自負しています」
 
Hong Meiling

「それを、僅かな事例を持ち出して『置物と変わらな  い』等と言われれば、流石に私にも思う所があろう

 と言うもの」
 
Sakuya Izayoi

「貴方の仕事は、性質上完璧を求められるものよ?
 今の貴方は、何を言われても文句は言えないじゃな

 い」
 
Hong Meiling

「……確かに、至らない点は数あります。
が、メイド  長如きが私を糾弾するというのは、私にお任せ下さ

 ったお嬢様をも侮辱する行為ではないですか?」
 
Sakuya Izayoi 「なっ……!?」  
Hong Meiling

「先程『困るのは私やお嬢様』と仰いましたが、お嬢  様は別格としても、私でどうにもならなかった者が

 メイド長にどうにかできるとは思えませんが」
 
Sakuya Izayoi

「……それはつまり、私は貴方より弱い、そう言いた

 いのかしら」
 
Hong Meiling

「私とメイド長の違いは、あくまでその立場であって

 力の差に拠るものではないと思います」
 
Sakuya Izayoi 「ふぅん……」  
  咲夜と美鈴が対峙し、両者共に一歩も引く様子はない。
咲夜には咲夜の、そして美鈴には美鈴の誇りがあり、おいそれと引き下がる訳にはいかなかった。
 
Sakuya Izayoi

「……回りくどいのはやめにしましょう。
つまり、貴

 方は私を認められない、そういう事?」
 
Hong Meiling

「滅相も無い、お嬢様のお決めになった事ですから。
 ……ただ、如何にも上から物を見て私を侮られるの

 は、納得がいかない……
それだけです」
 
Sakuya Izayoi 「だったら侮られないようにしてほしいものね」  
  話は平行線を辿り、二人ともこのままでは収まりがつきそうに無いのは明らかだった。
しばらくの間互いに無言が続いたが、不意にそんな険悪な雰囲気を打ち壊す第三者が現れる。
 
Remilia Scarlet 「……やれやれ、さっきから何を興奮してるのよ」  
Sakuya Izayoi 「お嬢様! どうしてこちらに」  
Remilia Scarlet 「そんな大きな声出してたら、嫌でも耳に入るわよ」  
Hong Meiling 「もっ、申し訳ございません」  
Remilia Scarlet

「どっちもこのままじゃ収まりがつかないようだし、  手っ取り早い方法があるわ。
思う存分、二人で決闘

 してみたらどうだ?」
 
Hong Meiling 「決闘……
ですか?」
 
Remilia Scarlet

「強い弱いを決めるには丁度いいでしょ。
さ、そうと  決まればさっさとやるわよ。
ほら、何をもたもたし

 ているの」
 
Sakuya Izayoi 「……お嬢様、
単に面白がってるだけでしょう……」
 
  レミリアに急かされて、二人は門前で対峙した。
屋敷内でやられると迷惑だから外でやれ、とのレミリアの弁だが、そもそも焚きつけたのはレミリア自身だとは誰も言わない。
 
Remilia Scarlet

「私はここで観戦してるから、やり過ぎない程度に本

 気でやりなさい」
 
Sakuya Izayoi

「お嬢様は置いておくとしても……
美鈴、まさかこん

 な事で貴方とやり合う事になるなんてねえ」
 
Hong Meiling

「私も同意見です。
……が、手を抜くつもりはありま

 せんから」
 
Sakuya Izayoi 「それは私もよ。
それじゃあ……
いくわよ」
 
  ジリ、ジリ、と地擦りでゆっくり円方向に動きながら隙を窺う二人。
普段のスペルカードルールによる決闘とは勝手が異なり戸惑いつつも、睨み合いの静寂はすぐに破られた。
 
Sakuya Izayoi 「シッ!」  
  手にした数本のナイフを美鈴に向かって投擲する。
難なく打ち落とす美鈴だったが、その瞬間には咲夜が目前まで迫っていた。
 
Hong Meiling 「ナイフは牽制……
案の定!」
 
Sakuya Izayoi 「読まれてたっ……
グッ!?」
 
  ナイフを払った腕の側から、咲夜の鋭い回し蹴りが美鈴を襲う。
それを身を屈めてかわし、立ち上がる勢いそのままに咲夜の顎を蹴り上げた。
 
Hong Meiling 「決まった!」  
Sakuya Izayoi 「つっ……
甘いわね!」
 
Hong Meiling 「えっ……うわっ!?」  
  咲夜の体が宙を舞ったと思いきや、すぐさま一回転して着地したと思うと、そのままの姿勢で美鈴目掛けて突っ込み痛烈な浴びせ蹴りを仕掛けた。
体重を乗せた一撃に体を支えきれず、数歩後退してよろめく。
 
Hong Meiling

「くぅっ……
追撃を仕掛けてきませんでしたね、絶好

 のチャンスなのに」
 
Sakuya Izayoi

「その手は食わないわよ?
 不用意に踏み込んでいた

 ら、気を乗せた掌底を繰り出してきたでしょう」
 
Hong Meiling

「……ふう、やっぱり実践では使えないか。
折角練習  したのに……
それにしても、よく私の狙いが分かり

 ましたね」
 
Sakuya Izayoi

「言ってなかったけど、弾幕ごっことかより寧ろ近距

 離戦の方が得意なのよ、私」
 
Hong Meiling 「そうなんですか、それなら尚更負けられませんね」  
Sakuya Izayoi

「フフ……
気が付いているのかしら?
 貴方は門番と  いう性質から、常に多人数を相手にする事を想定し

 て戦っている事に」
 
Sakuya Izayoi

「敵が複数ならば有効だけれど、一対一においては気  が拡散してしまい、攻め手が緩くなる。
……それが

 貴方と私の決定的な差よ!」
 
  叫びながら咲夜は無数のナイフを手にすると、後方に跳躍して距離を開け、更に美鈴の頭上目掛け投げつけた。
ナイフは美鈴を取り囲むように空中で静止し、その切っ先の全てが美鈴に向けられている。
 
Hong Meiling 「チッ、でもこの程度!」  
  ナイフが一本ずつ、時間差を開けて美鈴に向かい直進していく。



それらを片方の手で叩き落していく美鈴だったが、地に落ちたナイフは再び宙に浮かぶと、再度包囲網の戦列に復帰していく。
 
Sakuya Izayoi

「さあどうするの?
 無限のナイフは、いくら落とし

 た所で永遠に貴方を狙い続けるわよ」
 
Hong Meiling

「私が消耗するまで待つ作戦ですか?
 ……確かに、  強引に突っ切ろうとしたらダメージは免れない……

 ならばお望み通り!」
 
  咲夜に叩き込もうと先程から片手に集めていた気を解放すると、七色のオーラはゆっくりと渦を巻くように美鈴の周囲を包み、バリアのようになって飛来するナイフを巻き上げていく。  
Hong Meiling 「……まとめて叩き落としてやれば!」  
  光の渦は周囲の静止したナイフをも巻き込んで徐々に広がっていき、ゆっくりと美鈴の体ごと空に浮かび上がって、ついには全てのナイフを絡め取った。  
Sakuya Izayoi

「思った通りね……
囲まれれば貴方はそうするしかな  い。
一帯に気を散らしたその状態で、眼前の敵を確

 実に砕く私の刃を止める手立ては……
無い!」
 
  銀の刃に念を込めて咲夜は、宙に浮かんだ美鈴へ一本のナイフを投擲した。
銀の軌跡を描きながら直進するそれは必殺の威力をもって、殆ど無防備な美鈴を確実に仕留める……
筈、だった。
 
Hong Meiling 「そう来ると……
思ってました、
よ!」
 
Sakuya Izayoi 「えっ……!?」  
  体を捻り紙一重の所でナイフをかわす。
更に腰の位置に溜めた右手に、拡散した気がまるで吸い込まれるように集まっていった。
 
Sakuya Izayoi

「まさか、初めからそのつもりで……!?
 だけどそ

 の位置から私は狙えない筈!」
 
Hong Meiling 「ぶっつけ本番……
ハアアァッ!」
 
  限界まで緊張した弦から矢が放たれるが如く、後ろ手に引いた右手を腰の回転に乗せて、咲夜目掛けて掌底を撃ち出した。
掌から繰り出された不可視の気弾は、咲夜の頬を掠ってずっと後ろの地に大穴を開ける。
 
Sakuya Izayoi 「嘘……
こんな真似ができたの……!?」
 
Hong Meiling

「やっぱり駄目か……
いきなり決められる程甘くはな

 いですね」
 
  振り返って呆然と穴を見つめる咲夜。
静かに降り立った美鈴は、苦笑いを浮かべながら再び昨夜に対し身構える。
ゆっくりと正面に向き直った咲夜もまた、苦笑しながら肩を竦めてみせた。
 
Sakuya Izayoi

「……やるじゃない、
正直今まで『頼りない門番』な

 んて思ってたけど、その評価も今日限りね」
 
Hong Meiling 「それは良かったです……
って、喜んでいいのかな」
 
  両者共に有効な打撃を与えられず、再度構えを取り戦闘続行の意思を見せる。
先程までのように遠距離戦を仕掛ける事も難しくなり、かといって近距離戦に持ち込めば、互いにダメージは避けられそうにない。
 
Sakuya Izayoi

(……ナイフ投げじゃ、まず当てる事も難しそうだし

 カウンターでさっきのを喰らうとまずいわね……)
 
Hong Meiling

(だけどさっきの動きを見る限り、迂闊に格闘を仕掛

 けると手痛い反撃を受けそうだし……)
 
  二人とも決め手を失い、睨み合うだけの時間が過ぎていく。
ただ悪戯に時間と体力を消耗していき、ますます動けなくなっていた。
……その時、二人だけで構成された空間に乱入者の声が響き渡った。
 
Remilia Scarlet 「そこまで!」  
Hong Meiling 「っ!? お嬢様!」  
Sakuya Izayoi 「何故止めるのです、まだやれますわ!」  
Remilia Scarlet

「何言ってるのよ、どっちもさっきから固まってたく  せに。
これじゃ空が一周して日が昇ってきちゃう、

 咲夜は私を灰にするつもり?」
 
Sakuya Izayoi 「それは、その…………
分かりました」
 
  主の制止を受け、咲夜と美鈴は同時に構えを解いた。
確かにこのままでは埒が空きそうに無かったし、決着が付いたとするならば互いに無傷ではいられなかっただろうから、内心ホッとしている面もあった。
 
Remilia Scarlet 「……で、どうなんだ?
 すっきりした? 色々と」
 
Hong Meiling

「……はい、お嬢様の眼前にてこのような私闘、申し

 訳ございませんでした」
 
Sakuya Izayoi

「私が悪かったわ、さっきはあんな事を言って……

 部取り消します」
 
Hong Meiling

「いえ、私の方こそ挑発するような物言いをして……

 済みません」
 
Remilia Scarlet 「全く手の掛かる事ねえ……
あ~あ、お腹空いた!」
 
Sakuya Izayoi

「ただいま用意致します。
……美鈴、これからも門の

 守護、宜しくね?
 後で食事を持っていくわ」
 
Hong Meiling 「……はい、お任せ下さい!」  
  ……在り処を、そして主人を同じくする者同士であっても、互いの事を知り尽くしている訳ではない。
真剣にぶつかり合ってこそ初めて知り、そして認め合う事もできる。
 
  雨降って地固まる……
果たしてレミリアは初めからこうなる事を予見して、二人を焚きつけたのだろうか?
それは彼女のみぞ知る……
美鈴も咲夜も、今となっては別に大した問題ではなかった。
 

*E058[]

















Patchouli Knowledge 「こら、本を返しなさい!」  
Koakuma 「アハハハハハッ」  
  普段は静かな大図書館に、パチュリーの叫び声と小悪魔の笑い声が木霊する。
小悪魔の手には一冊の本が握られていた。
パチュリー直筆、御手製の魔導書だ。
 
Patchouli Knowledge

「今日は咳も出ないし、魔力の反応も調子いいし……

 絶好の魔法日和だわ」
 
Koakuma

「日和って、ここ陽の光なんか入ってこないじゃな 

 い」
 
Patchouli Knowledge

「紫外線は本の大敵だからいいの。
髪も焼けるし、肌  も焼ける。
……さあ、今日の結果を早く書き止めな

 いと……
ってあら、インクを切らしてるわ」
 
Patchouli Knowledge

「ちょっと悪いんだけど、向こうからインクを持って

 きて頂戴」
 
Koakuma 「はーい」  
Patchouli Knowledge

「ああ……
早くしないと頭の中の魔法式が薄れていく

 じゃない。
ねえ、まだー?」
 
Koakuma (悪魔使いが荒いなあ……
よーし)
 
Koakuma 「はい、持ってきましたよー。
えいっ」
 
Patchouli Knowledge

「わっ、とっととと!
 ちょっと、インクを投げるな

 んて中身が零れたらどうする……」
 
Koakuma 「も~らった!」  
Patchouli Knowledge 「あーっ!
 こ、こらっ、返しなさいー!」
 
  そういう訳で、パチュリーの書きかけの魔導書を掠め取った小悪魔が、図書館の中を飛び回っているのであった。
パチュリーも追いかけるものの、小悪魔のすばしっこさを捉えきれない。
 
Koakuma

「キャハハハハ!
 本ばっかり読んでないで、ちょっ

 とは体を動かした方がいいんじゃないですか~?」
 
Patchouli Knowledge 「このっ……!」  
Koakuma 「こっちこっち~!」  
  わざとゆっくりと飛び、追いついたパチュリーの伸ばした手をひらりとかわす。
そしてまた逃げては、少し離れた所でパチュリーを待っていた。
 
Patchouli Knowledge

「くっ、馬鹿にして……
下手に魔法を撃つと、本を巻

 き込みそうだし……
こうなったら!」
 
Koakuma

「わっ、と……
フェイントを掛けるなんて、やるじゃ

 ないですか。
でも、全然だね!」
 
  パチュリーが小悪魔に追いついては逃げられ、離れた所で待たれて、追いついては逃げられ……
そんな追いかけっこをしばらくの間続けていたが、流石に両者共に疲れが見え始めてきた。
 
Koakuma

「はあぁ~……
もう、粘るなあ。
そんなに大切なもの

 なんですかあ?」
 
Patchouli Knowledge

「ぜぇっ、ぜぇっ……
あ、当たり前でしょ……
喘息が

 ぶり返したら、どうしてくれるのよ」
 
Koakuma 「もう私の負けでいいよ、本は返すから……
ほら」
 
Patchouli Knowledge 「ふ、ふふふふふ……
甘いわね」
 
Koakuma 「え……
きゃあっ!」
 
  真っ青な顔をしてパチュリーがゆっくり手を上げると、何本もの光が小悪魔を囲むようにして電撃のように立ち上り、小悪魔の体に巻きついて身動きを封じた。  
Koakuma 「ちょっと、何これ~!」  
Patchouli Knowledge

「ふふふ……
この私が、ただ闇雲に貴方を追いかけ回  していたと思うのかしら?
 悟られないように、結

 界の基点を張っていたのよ」
 
Koakuma 「う、動けない~、痛たたた……」  
Patchouli Knowledge

「ふふ、もがけばもがく程、グイグイと締め付けてい

 くわよ。
さあ大人しくなさい」
 
Koakuma 「だから、本は返すって言ってるじゃないですかぁ」  
Patchouli Knowledge 「命乞いはみっともないわよ……
ふふふ……」
 
Koakuma 「わ~!?」  
  疲労から軽い酸欠状態にでもなったのか、怪しい目をしたパチュリーが、本を取り戻すべく小悪魔に近づいたその時。  
Koakuma 「わわわっ!?」  
  一瞬、ある筈の無い突風が駆け抜けたかと思うと、小悪魔を縛っていた光の鞭は全て切断され、その姿をかき消した。  
Patchouli Knowledge

「誰っ!?
 私の侵入者撃退用の結界を容易く突破す  るなんて……
って、ちょっと。いつから私の邪魔を

 するのが仕事になったのかしら、咲夜?」
 
Sakuya Izayoi

「あら……
扉を開けたら、いきなりこのような光景が  目に飛び込んできたものですから、私はてっきり、

 またパチュリー様が何かやらかしたのではと」
 
Patchouli Knowledge 「またって何よまたって、失礼ね」  
Sakuya Izayoi

「忘れたとは言わせませんよ。
今までパチュリー様の  魔法の実験のせいで、ここに立ち入れなくなったり

 おかしな生き物が飛び出したり、それに……」
 
Patchouli Knowledge

「もういいわ。
過去は書物の中に、未来はこの手の中

 に……
さあ、早く私の未来を返しな……
あら?」
 
Koakuma 「アッハハハハ、お喋りが長いよーだ!」  
Patchouli Knowledge

「ああっ、もう!
 折角捕まえたのに、咲夜のせいで

 また逃がしちゃったじゃないの!」
 
Sakuya Izayoi 「ええっ、私のせいですか!?」  
Patchouli Knowledge

「もう、だから早くその本を返しなさい!
 それはま

 だ書きかけなんだから、何が起こるか……」
 
Koakuma

「そんな脅しは効かないよーだ!
 ……って、あれ?
 なんか本が熱くなってきたような……
わわ、あちち

 ちち!」
 
  本の異常に慌てて小悪魔が手を離すと、地に落ちた魔導書が開き、そこから得体の知れない異形の物が顔を覗かせていた。  
Koakuma

「わーっ!?
 こいつって、あっちの世界の住人だ

 よー!」
 
Sakuya Izayoi 「……ほら、飛び出した」  
Patchouli Knowledge 「飛び出す本ね、これは流行るかも」  
Sakuya Izayoi

「馬鹿な事言ってませんで、さっさと処理しましょ

 う」
 
Koakuma 「わ、私は知ーらないっと」  
Patchouli Knowledge 「貴方も一緒に送り返してやりましょうか」  
Koakuma 「やめて~!」  
  しかし小悪魔は今日も、そして明日もまた、小さな悪戯を繰り返してはパチュリーに怒られるのだった。  
  ……いつの頃からか住み着いた小さな悪魔は、もうすっかり紅魔館に馴染んでいた。  

*E059[]


  紅魔館の最深部、空を一望できる最上部にレミリアは居た。
ただ一人、不快な雑音は一切無く、吹き抜ける一陣の風が頬を撫で、身に纏った装束を揺らしている。
 
  そこから見える月は紅く、そして大きく、月から放たれるルナティックの波動が夜の王たる吸血鬼レミリア・スカーレットの全身に降り注いでいる。
その姿はまるで全身に血を浴びたかのように真っ赤だった。
 
Remilia Scarlet

「今日もいい風が吹いている……
あー気持ちいい!
 普段はドタバタ騒がしい事だし、夜の一時くらいは

 静寂を楽しまないとね」
 
Remilia Scarlet

「……でも、昔はそんな風には考えなかったわね。
昼  間から外に出る事も無かったし、話相手は屋敷の者

 だけだし、静かなのが当たり前で……」
 
Remilia Scarlet

「折角の機会なんだから、もっと暴れてやらないと。
 何の為にあの隙間妖怪の口車に乗ってやったのか、

 って話だよ」
 
  主、即ち集団の長たる者、おいそれと前線に立って突っ込んでいく訳にもいかず、未だに誰もレミリアの元まで到達すらしていないので、当ての外れたレミリアのフラストレーションは最高潮に達していた。  
Remilia Scarlet

「必要無いのにパチェったら、結界なんて用意しちゃ  って……
だけど、私の我慢もそろそろ終わりのよう

 ね」
 
  指を後ろ手に組み、空を見上げている彼女の姿は、まるで誰かが来るのを待ち焦がれているようであった。
そんな折、落ち着いた足音が徐々に近づいてきた。
振り返らずとも、足音の主は分かりきっている。
 
Sakuya Izayoi

「……お嬢様、申し訳ございません。
パチュリー様の  展開した結界が霊夢に破られました。
ここに攻め寄

 せてくるのも時間の問題かと」
 
Remilia Scarlet 「遅かったわね」  
Sakuya Izayoi 「既に御存知でしたか」  
Remilia Scarlet

「結界の波長が弾けたからね、言われなくても分かる

 わ」
 
Sakuya Izayoi

「それではどうして待っていらっしゃったのですか?
 お嬢様の事ですから、嬉々として飛び出してくるか

 と思いましたが」
 
Remilia Scarlet

「私の事を犬か何かだと思ってない?
 貴方達が私の  為に仕掛けた事なんだから、ちゃんと事後の報告を

 待ってあげないと可哀想でしょ」
 
Sakuya Izayoi 「お嬢様……
なんとお優しい言葉で」
 
Remilia Scarlet

「貫禄と威厳を持って堂々と出迎えてやらないと、私  の格が落ちるだけだし。
貴方もパチェも、とてもい

 い前座だったわよ」
 
Remilia Scarlet

「これでやっと私が、敵に侮られる事無く胸を張って

 登場できるわ」
 
Sakuya Izayoi 「……シクシク、私達は引き立て役ですか」  
Remilia Scarlet

「メインディッシュの付け合わせね。
……あら、そん  な妙な顔をするものじゃないでしょ?
 無くてはな

 らない大切なものじゃない」
 
Sakuya Izayoi 「うう、もういいです……」  
Remilia Scarlet

「生意気にへこんで見せてるんじゃないよ。
お嬢様は  私がお守りします、なんて息巻いてたくせに霊夢達

 にやられてちゃ世話無いわよ」
 
Sakuya Izayoi 「グサッ、私のナイフより鋭く心を抉る言葉ですわ」  
  咲夜との会話中も終始、背中を向けたままのレミリアであったが、辛辣な言葉と裏腹にまるで子供のように楽しそうにしている様が伝わってきた。
尤も、咲夜以外の者であれば終始震えっぱなしの恐怖であろうが。
 
Sakuya Izayoi

「……まあ、お嬢様が御機嫌を損ねていらっしゃらな

 いようで安心しました」
 
Remilia Scarlet

「また心にも無い事を。
はなからこれっぽっちも、申

 し訳ないとか思ってないくせに」
 
Sakuya Izayoi

「それこそ心外ですわ、私はお嬢様をこの手でお守り

 する事を、至上の喜びと感じておりますのに」
 
Remilia Scarlet

「言いすぎよ、尚更信用できないわ。
そんな事に喜び  を感じてないで、もっと他の事に意識を向けて頂 

 戴」
 
Sakuya Izayoi 「はい、ただいま御飲み物をお持ちしますわ」  
Remilia Scarlet

「この完璧な意思疎通、やはり私の従者は咲夜以外に

 考えられないわね」
 
Sakuya Izayoi 「お褒め頂き恐縮です」  
Remilia Scarlet 「もう一回肝試しに行こうか」  
Sakuya Izayoi

「レバーはあまり趣味じゃありませんから……
それで

 は、失礼しますね」
 
  咲夜は小さく一礼すると、屋敷の中へと戻っていった。
再び静けさに空間を支配され、つい先程までの喧騒が耳鳴りのように鼓膜を震わせている。
 
Remilia Scarlet

「……やれやれ、私も咲夜も随分丸くなったなあ。
昔  はもっと、こう、鋭く尖ったナイフみたいに触る者

 皆傷付けてたような気がするわ」
 
Remilia Scarlet

「……ま、いいか。
美鈴が誰かと決闘してて、パチェ  のおかしな実験を余所に、咲夜の淹れた紅茶を飲み

 ながら月を眺める……
そんな今の方が楽しいもの」
 
  初めて空から目を落とし、月に背を向けて屋敷の中へと歩を進める。
その途中で一度振り返り、ふと思い出して一言呟いた。
 
Remilia Scarlet

「そういやアレの事をすっかり忘れてたわね。
上の様  子にはもうとっくに気付いてるだろうし……
勝手に

 動かれる前に、先手を打った方がいいかしらね」
 
  紅く大きな月が、鼓動を打って揺れたような気がして、レミリアは月から目を逸らし軽く頭を振った。  

*E060[]



Flandre Scarlet 「ラーララーララーラー……
ン~ンンン~ラ~♪」
 
  フランドールは上機嫌に鼻歌を歌いながら、屋敷の廊下を歩いていた。
普段は地下の一室に篭りっきりなので、時々目を盗んでは屋敷内を歩き回っていたのだが、今は堂々と出られるようになった。
 
Flandre Scarlet

「ん~胸を張って歩けるのって、気持ちいいなあ。
い  つもだったら、今頃咲夜辺りが大慌てで私を連れ戻

 しに来るのにねー」
 
  人目を気にせず、隠れる必要も無いその自由をフランドールは満喫していた。
……当然、自分の事ばかりで周囲に気を配る事など無い。
 
Flandre Scarlet 「おっ、今日もお仕事御苦労様!」  
Fairy Maid 「ひっ!?
 あ……
う……
わああ~!」
 
Flandre Scarlet 「あっ、ちょっとー!」  
  これまで何体かの妖精メイドと擦れ違ったが、皆一様にカタカタと体を震わせて、決してフランドールの方を見ようとはしなかった。  
  偶々声を掛けられた哀れな妖精もまた、恐怖に駆られパニック状態でその場を逃げ去ったのだった。  
Flandre Scarlet 「何よー、逃げる事ないでしょう?
 腹が立つなあ」
 
  フランドールが機嫌を損ねたのに呼応して、周囲の空気が明らかに張り詰めていく。
掃除用具を手にした妖精メイド達の震えが、益々大きくなる。
 
Flandre Scarlet

「やっぱり妖精なんかじゃ駄目ねえ。
仕方ない、外は  出てくとお姉様が怒るし、パチュリーのとこにでも

 いーこうっと」
 
  フランドールは機嫌を戻し、軽くスキップしながら図書館の方へと向かった。
……後に残った妖精達の安堵の溜息が誰にも聞こえなかったのは、幸いだったかもしれない。
 
Patchouli Knowledge 「……あら、妹様。
どうかされましたか?」
 
Flandre Scarlet

「んーとね、退屈だったから遊びに来たの。
うちで働  いてるメイド達と来たら、私の顔を見て逃げ出すん

 だから。
失礼しちゃうわ」
 
Patchouli Knowledge 「……まあ、それはそうでしょうね」  
  流石にパチュリーは、妖精達のように取り乱したりする事は無かったが、それでも何かあった時はすぐ動けるよう、全身を緊張させていた。  
Flandre Scarlet 「あっ、ねーねーそこのあなた、私と遊ぼうよ」  
Koakuma 「ふぇぇっ!?
 う、ううっ……」
 
Flandre Scarlet

「何して遊ぼうか?
 図書館は広いから、鬼ごっこが

 いいかなあ?
 最初は私が鬼でいいよ」
 
Koakuma 「ひぃっ……
ご、ごめんなさ~い!」
 
Flandre Scarlet

「あっ、まだ逃げていいって言ってないよお。
もう、  しょうがないなー、十秒数えたら追いかけるよ。

 いーち、にー……」
 
Patchouli Knowledge 「妹様、おやめ下さい」  
Flandre Scarlet 「ちょっと、何でとめるのよお」  
Patchouli Knowledge

「……図書館は走り回る所じゃありません、お静かに

 御願いします」
 
Flandre Scarlet 「むぅ~……
仕方ないなあ、もう」
 
  パチュリーに静止されている間に、可哀想な小悪魔は飛んで逃げていってしまった。
フランドールの不満は一層大きくなっていく。
 
Flandre Scarlet 「じゃあ代わりにパチュリーが……」  
Patchouli Knowledge

「ゴホッ、ゴホッ……
今日は喘息の調子があまり良く

 ないので、ちょっと……」
 
Flandre Scarlet 「もういいわよ、他に行くから!」  
  ビリビリと空間を震わせながら、不機嫌そうにフランドールは図書館を後にした。
彼女の姿が見えなくなるのを確認して、パチュリーがホッと胸を撫で下ろす。
 
Patchouli Knowledge 「ごめんなさいね……
妹様、と」
 
Flandre Scarlet

「つまんないつまんなーい!
 折角自由に遊び回れる

 と思ったのにー!」
 
  フランドールから放出されるイライラのエネルギーが空間を揺らす。
最早妖精メイドの姿さえ、確認する事は出来なかった。
 
Flandre Scarlet

「あー面白くないの!
 お姉様は相手にしてくれなさ  そうだし、御仕置きはやだし……
こうなったら、誰

 か屋敷に攻めてこないかなあ」
 
Sakuya Izayoi 「滅多な事を言うものではありませんよ、妹様」  
  声がして後ろを振り返ると、そこにはいつから居たのか咲夜が立っていた。
おそらくはメイド達に請われてやってきたのだろう。
 
Flandre Scarlet

「あ、咲夜。
だってだーれも遊んでくれないし、つま

 んなくて」
 
Sakuya Izayoi

「遊び相手にも釣り合いというものがあります。
誰で

 もいいから、というのははしたないですわ」
 
Flandre Scarlet

「そんなの知らないもーん、私はただ遊びたいだけな  んだから。
……で、咲夜がここに居るって事は、遊

 んでくれるって事だよね?」
 
Sakuya Izayoi 「いえ、私は……」  
Flandre Scarlet

「もう言葉は沢山!
 咲夜ならちょっとくらいは大丈

 夫だよね? いっくぞー!」
 
Sakuya Izayoi 「うわっ、まっ……!?」  
  咲夜に向けて片手を突き出すと、掌に大きな魔力の塊が形成されていく。
それをそのまま、咲夜に向けて撃ち出した。
轟音と共に館が揺れ、壁に大きな穴が開く。
 
Flandre Scarlet

「あれ……?
 咲夜ー、どこ行ったのー?
 まさか今

 ので吹っ飛んじゃったとか言わないよね?」
 
  呼びかけてみるものの、返事は無い。
それどころか、咲夜の影形すら無い。
辺りは不気味な程に静かで、人の気配さえ感じられなかった。
 
Flandre Scarlet

「何?
 かくれんぼしようって言うの?
 駄目だよ、

 鬼とか決めてないのに……」
 
  少しずつフランドールの声に元気が無くなっていく。
それでも咲夜の姿は見えない。
 
Flandre Scarlet

「……ごめんなさい、私が悪かったから……
もう出て

 きてよー!」
 
Sakuya Izayoi 「本当にそう思っていますか?」  
Flandre Scarlet 「嘘じゃないよぉ……
って咲夜!?」
 
  声のした方向に慌てて振り返ると、何食わぬ顔をして咲夜が立っていた。
初めに現れた時と同じように、平然かつ余裕のある表情をしている。
 
Flandre Scarlet

「なーんだ、やっぱり何ともなかったんじゃない。

 かさないでよー」
 
Sakuya Izayoi

「何ともなくありません、一歩間違っていたらこの私  も命を落としていたのかもしれないのですよ?
 私

 の命を御所望なのですか?」
 
Flandre Scarlet 「それは……
そんなの要らないよ」
 
Sakuya Izayoi

「妹様……
貴方様は、力の制御をせずにモノを壊しす  ぎます。
命とは、ほんの小さな一突きで消えてしま

 う事すらあるもの」
 
Sakuya Izayoi

「それを学ばなければ、いつまで経ってもお友達なん

 てできませんわ」
 
Flandre Scarlet 「咲夜がいるじゃない」  
Sakuya Izayoi

「私は生身の人間ですから。
私が居なくなった後はど  うするのです?
 この私が元気なうちに、レミリア

 お嬢様が安心できるような方になって下さいね」
 
Flandre Scarlet 「うぐ……
分かったわよ。
これからは気をつける」
 
Sakuya Izayoi

「ありがとうございます。
さ、それでは戻りましょ

 う、食事の用意ができてますから」
 
Flandre Scarlet 「あ、もうそんな時間なんだ。
はーい」
 
  途端に機嫌を戻し、嬉しそうに歩いていくフランドール。
……本当ならば、従者である咲夜が前を行き先導しなければならないのだが、まだ今のフランドールに背中を見せる事はできなかった。
 
  いつの日か、安心して彼女の前を歩けるようになる。
果たして咲夜の存命中にそのような時は来るのか?
 それは、レミリアの胸の内にのみある運命なのかもしれなかった。
 

*E061[]


  八雲の住まう所。
八雲紫とその式が住む、幻想郷のどこかにある筈だが、どこにもない家。
それが今、紫自身の考案した戯れの為にその姿を現し、来訪者が来るのを静かに待っていた。
 
  そんな八雲の住処で、主人である紫はいつものように布団の上でゴロゴロしながら、身の回りの世話をさせている式神の八雲藍と会話に興じていた。  
Yukari Yakumo

「攻めて~
守って~
戦って~

 人生五十年~
妖怪幾百年~♪」
 
Ran Yakumo 「ほんと、楽しそうですね紫様」  
Yukari Yakumo

「楽しいわよ~、みーんな私の掌の上できりきり舞い

 なんだから~」
 
Ran Yakumo 「そういう誤解を招くような物言いはおやめ下さい」  
Yukari Yakumo 「何よ藍、貴方は楽しくないのかしら?」  
Ran Yakumo 「余計な仕事が増える私の身にもなって下さい」  
Yukari Yakumo

「余計な仕事とは失礼ね、どうやら貴方はまだこの 

 ゲームの重要性が分かっていないようね」
 
  そう言うと紫は枕元に置いてあった傘を持ち、藍の足をベシベシと叩く。  
Ran Yakumo

「いたたた……
だってそうじゃないですか、我々も参  加する為に家の位置を固定した訳でしょう?
 そし

 たら誰か攻めてくるかもしれないじゃないですか」
 
Yukari Yakumo

「心配しなくても、幽々子は健在だし霊夢はまだ当 

 分離れてるし、そんな事気にしなくてもいいわ」
 
Ran Yakumo

「大体重要性って、紫様の暇潰し以上の何があるって  言うんですか?
 巻き込まれる方達が可哀想ではあ

 りませんか」
 
Yukari Yakumo

「あら、みんなノリノリよ?
 考えてる事はそれぞれ

 違うようだけど」
 
Yukari Yakumo

「……ふぁ~あ、それじゃあ一眠りするから、後はよ

 ろしくね。
お休み~」
 
  言うだけ言うと紫は、布団を頭から被って眠りについた。
一旦こうなったら、何人であろうと彼女を起こす事は出来ない。
というか、無理に起こすとどんな目に遭わされるか分からないので、怖くて起こせない。
 
Ran Yakumo

「まったくもう……
この頃妙に楽しそうだと思ってた  ら、こんな事を企んでらっしゃったとはねえ……。

 人妖騒がせなんですから」
 
  肩を落として溜息を吐く藍。
その頭上に隙間が開き、突き出された傘で頭を叩かれた。
 
Ran Yakumo

「いたたたた、おやめ下さい紫様!
 ……何事も無け

 ればいいけど……
はぁ。
……痛いですってば紫様」
 
  紫のする事に誤りは無い……
そう思ってはいても、今後予測される面倒事を思うと、つい愚痴の一つも漏らしては紫に傘で叩かれるのだった。
 

*E062[]



  差し込む陽も麗らかな八雲の住処。
そこでは、紫が一枚の地図を宙に浮かべて何やら書き込みをしていた。
いつでも横になれるように、布団の上に座っている。
 
Yukari Yakumo

「あっか描~いて~、
あっお消~して~、

 染まる染まるは貴方色~♪」
 
Ran Yakumo 「何ですかその気持ち悪い歌は」  
Yukari Yakumo 「乙女心を綴った由緒正しい歌じゃない」  
Ran Yakumo

「誰が乙女ですかって痛たたたた、傘で突っつかない

 で下さいよ」
 
Yukari Yakumo

「乙女というのは心で決まるのよ?
 諦めた瞬間か   ら、後は老いて朽ちゆくのみ。
つまり、常に気持ち

 を新しく保てという事ね」
 
Ran Yakumo

「それもいいですが、せめてもう少しは年月に応じた

 威厳みたいなものも持って下さいよお」
 
Yukari Yakumo

「本当に恐ろしいもの程笑っている。
私の姿を見て、  侮ったり恐れないような奴なんて、ハナから問題外

 よ」
 
  目の前の地図を眺めながら、己が式である藍に言って聞かせる。
本来ならばそれは非常に重く、威圧と威厳に満ちた言葉なのであろうが、紫が言うとどうしても軽く聞こえてしまう。
 
Yukari Yakumo

「まあそれは置いといて……
うふふ、私の計画は順調

 に進んでるわ」
 
Ran Yakumo

「計画って、例のアレですか?
 先程から随分と熱心

 に地図を御覧になっていますが」
 
Yukari Yakumo

「流石、霊夢は優秀だわ。
もうここまで進めてきたの  ねえ。
この調子だと、思ってたよりも早く終わっち

 ゃいそう」
 
Ran Yakumo

「それは良い事ではないですか。
あまり長引くと、巻

 き込まれた方達が怒りそうですし」
 
Yukari Yakumo

「皆自主的に参加してるから問題無いわ。
……まあ、  中にはこちらの思惑に気が付いている者も居るよう

 だけど」
 
Ran Yakumo

「そこです、どうにも分からないのですが、幻想郷中  を巻き込んだこのゲーム……
ただの紫様の暇潰しで

 はないのですか?」
 
Yukari Yakumo

「貴方は私の何を見てきたの?
 それでも栄えある私

 の式?」
 
Ran Yakumo

「あたたたたた、申し訳ございません叩かないで下さ  い~!
 ……でも紫様、今まで何の説明もなさらな

 かったじゃないですか」
 
Yukari Yakumo

「私の式なら聞かなくても理解してほしいわねえ。
い  い? これは便宜上、ゲームという体裁を取ってい

 るけど……
本当はもっと重要なものなの」
 
Yukari Yakumo

「どれくらい重要かというと……
そうね、幻想郷の未

 来に関わる、かもしれないくらい」
 
Ran Yakumo 「それって滅茶苦茶重要じゃないですか!」  
Yukari Yakumo

「だからそう言ってるじゃないの。
まあ、駄目だった

 ら駄目だったで別にいいんだけれど」
 
Ran Yakumo

「いやいや紫様、幻想郷に関わる事なのに、そんな軽

 い調子で良いのですか?」
 
Yukari Yakumo

「いーの。
半分は願望みたいなものだし……
それより  藍、貴方の使役している式神をここに呼んでおきな

 さい」
 
Ran Yakumo 「は、橙をですか……?」  
Yukari Yakumo

「手は多い方がいいでしょう。
この分なら霊夢がここ  に到達するのも遠くは無さそうだし、今のうちに準

 備を整えておかなければね」
 
Ran Yakumo 「しかし橙はあまり役に立つとは……」  
Yukari Yakumo

「藍、貴方はどうも自分の式を使っていないようね。
 命令を与え動かす事で、式は最適化されより優れた

 式となる」
 
Yukari Yakumo

「貴方が優秀なのも、ひとえに私が貴方をよく使って

 きたからね」
 
Ran Yakumo

「な、なるほど。
普段から傍若無人なくらい私を扱き  使ってきたのは、そんな理由があったからなのです

 ね。
流石は紫様です!」
 
Yukari Yakumo 「……どさくさに紛れて変な事言わなかった?」  
Ran Yakumo

「いえ気のせいです。
ともかく、橙をこちらに呼び寄

 せておきますね」
 
Yukari Yakumo 「ええ。
じゃ、私はそろそろ寝るから後は宜しく~」
 
Ran Yakumo

「あ、紫様……
全く、いつも言うだけ言ってすぐ寝て  しまわれるんだから……
さ、橙に使いの者をやる 

 か」
 
  紫はいつも大事な事を、謎めかしてぼかしてしまう。
それに毎度振り回される訳だけれども、紫の言う事なのだから間違いは無いのだろう……
藍はそう思うのだった。
 
  『八雲一家』が結成されました。
を支配下に置きました。

*E063[]




  ここの所賑やかだった八雲亭であったが、その日は珍しくというか久し振りに静けさを取り戻していた。
最近活発に行動していた紫は就寝中で、その間藍は洗濯物を干している所だった。
 
Ran Yakumo

「さあて、いい天気だし今のうちに洗濯洗濯っと。
紫  様のお布団もそろそろ干しておかないとなあ……。

 今度、紫様が外に出られた時にやっておくかな」
 
Ran Yakumo

「全く紫様ときたら、妙な企みを思いついた時に限っ  て途端に張り切りだすんだから。
誰にも迷惑を掛け

 てないといいけれど……
って、もう十分掛けたか」
 
  真っ白い布を広げながら、小さく溜息を吐く。
一応身構えて辺りをキョロキョロ見渡したりしてみたが、いつも藍の頭をペシペシする傘は現れなかった。
どうやら熟睡しているようである。
 
Ran Yakumo

「ホッ……
眠っていても不安になるんだから、困った

 ものだ。
まあ今は、一時の静寂を楽しむとするか」
 
  耳に入ってくるのは風にそよぐ木の葉の音と、つがいを求めて高らかに謳う蝉の声だけ。
吹き抜ける風は涼やかで、暑さを不快に感じる事も無い。実に穏やかな一時であった。
 
Ran Yakumo

「……よし、こんなとこかな。
雨の気配も無いし、日

 が暮れる頃には乾くだろう」
 
  眼前に広がる、洗い立ての衣服やシーツを満足に眺める藍。
……しかし、彼女の安らかな昼下がりは、乱入者によって唐突に幕を下ろされる事となった。
 
??? 「藍様ー!」  
Ran Yakumo 「おおうっ!?」  
  突然洗濯物の裏から飛び込んできた人影に体当たりされ、藍はバランスを崩して転びそうになる。
危うく体勢を立て直したところで足元を見ると、よく見慣れた猫型の人型がしゃがみ込んでいた。
 
Chen

「お久し振りです藍様、呼ばれたので飛んできまし

 た!」
 
Ran Yakumo

「何かと思ったら橙じゃないか。
……そうか、飛んで  きたのは結構な事だが……
もうちょっと落ち着いて

 だな」
 
Chen 「あ、こんな格好ですみません!
 うんしょっと」
 
Ran Yakumo 「ごぶっ!?」  
  勢いよく立ち上がった橙の頭頂部が、橙を見下ろすように顔を向けていた藍の顎にクリーンヒットする。
数歩後ろによろめき、危うく後ろにひっくり返るところを辛うじて踏みとどまった。
 
Ran Yakumo 「かっ……
く……
こっ、これしきっ……!」
 
Chen 「わあ、流石藍様! 凄い凄い!」  
Ran Yakumo

「はっ……
と、
ちぇ、
橙、
だからもうちょっと、周り

 をよく見て動きなさいと」
 
Chen 「はーい、ごめんなさーい……
痛たたた」
 
Ran Yakumo

「わっ、橙、その手の傷はどうしたんだ!? 誰かに

 やられたのか!?」
 
Chen 「わっ、藍様危ないっ……」  
Ran Yakumo 「のわああぁっ!?」  
  慌てて引っ掻き傷の付いた橙の手を引っ張った為、引き寄せられた橙の体が藍に圧し掛かり、倒れ込んでしまった。
押し倒す格好で、橙が藍の上に被さっている。
 
Chen 「わーっ!?
 藍様藍様、大丈夫ですか~!?」
 
Ran Yakumo

「あたたた……
だ、大丈夫だから早く降りなさ……

 えっ」
 
Chen 「ごめんなさい藍様死んじゃやだぁ~!」  
Ran Yakumo 「がはっ……
く、
首を絞めるんじゃない……」
 
Chen 「……えっ、
あ、
すっ、済みません!」
 
  橙の背中を二度バンバンと叩くと、我に返った橙は慌てて藍から手を離し横にどく。
咳き込みながら身を起こし、慌てて干してある洗濯物を確認したが、とりあえずは無事難を逃れたようだ。
 
Ran Yakumo 「ふぅ、洗濯物は大丈夫か……」  
Chen 「ごめんなさい~」  
Ran Yakumo

「元気があるのはいい事だが、もう少し気を付けなさ

 い。
……それよりその手はどうしたんだ?」
 
Chen

「えーと、その……
藍様の御手紙持ってきた猫に、引

 っ掻かれた」
 
Ran Yakumo

「……それは済まなかった。
しかし、化け猫が猫に引

 っ掻かれるというのも情けない話だよ」
 
Chen

「あの子達、ちーっとも私の言う事を聞いてくれない

 んですよー。
マタタビが足りないのかな?」
 
Chen

「あーそうだ、藍様急に私を呼んだりして、どうした  んでしょう?
 御手紙には何にも書いてませんでし

 たけど」
 
Ran Yakumo

「ああ、紫様がお前も呼ぶように仰ったからな……
近  いうちにここにやってくる者達が居るから、迎え撃

 つようにとの事だ」
 
Chen

「へえ、怖いもの知らずも居るんだなあ。
でも藍様が

 居れば誰が来ようと敵無しですよね!」
 
Ran Yakumo 「お前にも頑張ってもらうからな」  
Chen 「はーい!」  
  橙は藍の言う事を素直に聞く。
素直すぎるせいで藍もあまり橙に強く物は言えず、それが時としてただの甘やかしになったりして、その事を紫に咎められたりもするのだが、中々改められるものでもなかった。
 
Ran Yakumo

「それじゃあまず手始めに、お風呂に入って体を綺麗

 にしよう」
 
Chen 「ええー、水やだあ!」  
Ran Yakumo

「これくらい我慢しなさい。
ほら、汚れたままだと、

 紫様が見たら何と仰るか……」
 
??? 「んー、何か言ったあ?」  
Ran Yakumo 「えっ? あだっ!」  
  突然、藍の頭上に隙間が開いたかと思うと見慣れた柄の傘が突き出て、藍の頭をポカポカ叩き出した。  
Yukari Yakumo

「藍、貴方も自分の式を持つのなら、身なりはきちん  とさせなさいな。
勿論私もきちんとさせるわ、ほら

 ほら」
 
Ran Yakumo

「痛たたた、おはようございます紫様。
ただいまお風

 呂の用意をします~」
 
Chen 「藍様~」  
  使い主としてみっともない所は見せまいと振舞っている藍だったが、更に使い主の紫の前ではそれも形無しである。
だが橙にとってはわりと見慣れた光景で、『藍様も大変なんだなあ』程度の事でしかなかった。
 
Yukari Yakumo

「……もうそろそろ、ここも賑やかになるわ。
その時  あの子は、少しは……
変わっているといいのだけれ

 ど。
……ふふ、楽しみね」
 
  誰にも見える事の無い影の下で一人、紫は小さく笑みを浮かべた。  

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