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Sengoku Gensokyo: Translation Part 8

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*E050




  遥か上空、雲霞の中を羽ばたく妖精の姿があった。
春を告げる妖精、リリーホワイトである。
季節はとっくに春なんてものではないので、どうしてこんな所に居るのかは不明だった。
 
Lily White 「春~、春~……
ん? 何だろう」
 
  特にこれといった目的も無さげに雲の波間を漂っていると、何やら不思議な音が耳に飛び込んできた。
静かなようで騒がしく、かといって不協和音が不快にさせる訳でもない。
 
Lily White 「何だか不思議な、春めいた音がしますー」  
  興味を惹かれたリリーは、そのまま音の聴こえる方へとゆらゆら近づいていった。
雲のせいで視界が悪くよく見えなかったが、しばらく行くと楽器を演奏している三つの人影が浮かんできた。
 
Lyrica Prismriver 「~~~♪
 ……あ、姉さん今半音外した」
 
Merlin Prismriver 「えっ、私?
 うそ~」
 
Lyrica Prismriver

「本当だよ、姉さんってばノリと勢いで演奏してるか

 ら、たまにずれちゃうのよね」
 
Merlin Prismriver

「まあいいじゃない、それが生演奏の醍醐味なんだか  ら。
全てにおいて完璧な演奏なんて、生きた音楽じ

 ゃないもの」
 
Lunasa Prismriver 「私達は騒霊だけどね」  
Lyrica Prismriver 「またテンションの下がる事を言うー……
ん?」
 
Lily White 「……………………」  
  おそらく一般人では全く気付かないようなミスに、一旦演奏を止めて話し合う三姉妹。
その傍で、いつの間にかリリーホワイトが興味津々とばかりに三人を見つめていた。
 
Lunasa Prismriver 「あら、お客さん?
 珍しいわね、こんな所で」
 
Merlin Prismriver 「どこかで見たような気がする子ねぇ」  
Lyrica Prismriver

「姉さん、この子は春告精よ。
前に一度、長い冬の時

 に見たわ。
あの時はなんか弾幕飛ばしてたけど」
 
Merlin Prismriver

「それは大変だわ~、
って春を告げる妖精さんが、ど

 うしてこんな季節にこんな所に?」
 
Lunasa Prismriver 「さあ?
 まあ別に害が無ければいいんじゃない?」
 
Lyrica Prismriver 「で、この子どうして私達をジッと見てるの?」  
  リリーホワイトの目線は、三つの楽器を順番に見つめている。
それに気づいたメルランが、分かったという風に手をポンと叩いた。
 
Merlin Prismriver

「もしかして、私達の演奏に惹かれて来たんじゃな  い?
 楽しくハッピー幸せな騒霊ライブは、まさに

 春のお花畑だものね~」
 
Lyrica Prismriver 「姉さんは頭の中がお花畑なのよ」  
Lunasa Prismriver

「そういう事なら、特別に一曲聴かせて差し上げまし

 ょうか」
 
  ルナサの合図で再びセッションが始まる。
空に響き渡る幻想的な音色に、リリーホワイトは嬉しそうに体を揺らしていた。
しばらくして演奏が終了すると、リリーホワイトは満面の笑みを浮かべて拍手を送る。
 
Lily White

「わ~!
 とっても凄いですー!
 まるで春のような

 そうじゃないような、不思議な音です」
 
Merlin Prismriver

「音を季節で表現するなんて、中々分かってるじゃな

 い」
 
Lyrica Prismriver

「ルナサ姉さんの音は秋から冬って感じだし、メルラ

 ン姉さんと合わせればちょうどいい感じよね」
 
Lunasa Prismriver

「リリカの分はどこにあるのよ。
……ともかく、御静

 聴ありがとうございました」
 
  ルナサがリリーホワイトの手を取って握手を交わす。
……すると、さっきまであれ程元気だった彼女から、みるみるうちに生気が失われていく。
 
Lily White 「あう~……
は、春が~……」
 
Lunasa Prismriver 「ちょ、ちょっとどうしたの一体?」  
  慌ててルナサが手を離すと、リリーホワイトの顔色が戻っていく。  
Lily White 「ふえ~」  
Merlin Prismriver 「ん~……
えいっ」
 
Lily White 「わっ」  
  何を思ったか、メルランがリリーホワイトに抱きついた。
……すると、元々ニコニコしていたリリーホワイトの表情が、ますます楽しそうになっていく。
 
Lily White 「春~、春の気配ですよ~!」  
  メルランが体を離すと、リリーホワイトの様子も先程と同じくらいまで戻る。  
Lily White 「はあ~」  
Lyrica Prismriver 「んじゃあ私も」  
  リリカがリリーホワイトをギューッと抱き締めた。
が、何の変化も見られない。
 
Lily White 「んあ、何ですか~?」  
Lyrica Prismriver 「ちょっと~、何で私だけ何にも無いのよー?」  
Lunasa Prismriver 「…………」  
  ギュー。  
Lily White 「ふぇ~……」  
Merlin Prismriver 「えいっ」  
  ギュー。  
Lily White 「アハハハハ春ですよ~春~はる~」  
Lyrica Prismriver 「このっ」  
  ギュー。  
Lily White 「はれ?
 く、苦しいです~」
 
Merlin Prismriver 「アハハ、おもしろ~い!」  
Lyrica Prismriver 「やっぱり私だけ何も無いじゃない!」  
Lunasa Prismriver 「……なるほど、これは楽しい」  
Lyrica Prismriver 「姉さん、折角だからこの子も誘っちゃえば?」  
Merlin Prismriver

「誘うって、アレに?
 でもこの子妖精でしょう?

 戦ったりできるのかしら」
 
Lyrica Prismriver

「弾幕ばら撒いてたくらいだから、大丈夫じゃない?
 ねえあんた、私達と一緒に遊ばない?
 どうせ春じ

 ゃないし、暇でしょ?」
 
Lily White 「え~、でも……
困ったなあ」
 
Merlin Prismriver 「ギュー」  
Lily White

「はーい、遊びましょ~!
 春の弾、いっぱい皆さん

 にお届けします~!」
 
Lyrica Prismriver 「よし決まり、一緒に春をぶつけよう!」  
Lunasa Prismriver 「……まあ、いいか」  
  こうして季節外れの春告精・リリーホワイトも、季節外れの春をプレゼントする為、半ば強引に参戦する事となったのだった。  
Lily White が加わりました。

*E051


Lily White

「あ~あああ~♪
 ん~ん~んんん~♪
 は~る~の

 香りが~空から降り注ぐ~♪」
 
  楽団の演奏に乗せて、リリーホワイトが上機嫌で歌を歌っている。
鬱の音階を奏でるルナサと、躁の音階を紡ぐメルラン、相反する音を一本の糸に織り上げるリリカ。
それはまさに、幻想と呼べる音楽だった。
 
Lily White

「春~春~春夏秋冬春だらけ~♪
 あなたの心に桜の

 花が~ま~ん~か~い~よ~~~♪」
 
Lyrica Prismriver

「……っと。
ん~、中々いいじゃない!
 これは春の

 曲目が一つ増えたんじゃない?」
 
Lunasa Prismriver 「そうね、思ってたよりいい音になったわ」  
Merlin Prismriver

「そうそう、曲目と言えば次のライブのテーマを決め  ないと。
折角リリーちゃんが居るんだから、次の

 テーマは明るく楽しくハッピーにいきましょ」
 
Lyrica Prismriver

「えー、前回のライブも姉さんメインで組み立てたじ

 ゃないのよ」
 
Lunasa Prismriver 「そうそう、だから却下。
次は私の番でしょ」
 
Lyrica Prismriver

「ルナサ姉さんだって、前々回のライブでメイン張っ  たじゃない。
次は私よ私!
 私の打鍵楽器クインテ

 ットで観客もイチコロね!」
 
Merlin Prismriver

「やっつけてどうするのよ~?
 それじゃあここは公

 平に、リリーちゃんに決めてもらいましょ」
 
Lily White 「はい?」  
Lunasa Prismriver 「反対」  
Lyrica Prismriver 「はんたーい! 姉さん分かってて言ってるでしょ」  
Merlin Prismriver

「そんな事無いわよ。
ねえリリーちゃん、次のライブ

 は私メインがいいわよね~?」
 
  ギュー。  
Lily White 「春~!
 春が晴れてハラヒレホ~! アハハハ!」
 
Merlin Prismriver 「ほら、リリーちゃんもそう言ってるわ」  
Lyrica Prismriver 「姉さんにアテられて壊れちゃってるじゃないのよ」  
Lunasa Prismriver

「んー……
じゃあここは、皆に公平になるようにしま

 しょう」
 
Lily White 「……へ?」  
  三人の視線が、リリーホワイトに集まる。  
Merlin Prismriver

「そうねえ、春に向けてのプレライブってのもいいか

 もね」
 
Lyrica Prismriver 「それならさんせーい」  
Lunasa Prismriver

「という訳でリリー、次の私達のライブに、ゲストと

 して貴方を御呼びしたいのだけど、どうかしら」
 
Lily White 「えーと、それは……
春、なんでしょうか?」
 
Lunasa Prismriver 「それは貴方次第」  
Merlin Prismriver 「春の歌を歌えば、春になるわよ~」  
Lily White

「はい、それなら喜んで春を歌いますー!
 あんまリ

 力は出ないですけど……」
 
Lyrica Prismriver

「だいじょーぶだいじょーぶ!
 さっ、本番に向けて

 合わせましょ!」
 
Lily White 「はーい! はらひれほろはれ~♪」  
Lunasa Prismriver 「……それは違う」  

*E052


  白玉楼へと通じる、まるで来訪者を拒むかのように長い長い階段。
おそらく生者がその足で踏破しようとしたなら、どんなに屈強な者でも中途で音を上げてしまうだろう。
 
  そんな長階段の一番上で、妖夢が二振りの剣を一定のリズムに乗って素振りしていた。  
Youmu Konpaku

「フゥッ……
結界も突破されたようだし、この場は何  としても……
命に代えても死守しなければ。
ここを

 抜かせる訳にはいかない」
 
  目も眩むような高さから、階下を見下ろして気を吐く。
西行寺家の警護役として、主を護り通す事は妖夢の矜持とも言えた。
……惜しむらくは、彼女よりもその主の方が強かったりする事なのだが。
 
Youmu Konpaku

「さあ、この魂魄妖夢、半分の命が尽きぬうちはここ

 から先へは通さぬぞ!」
 
  と、二刀を構えて大見得を切ってみた。
……誰も居ない空間に、風の音だけが耳をくすぐる。
 
Youmu Konpaku

「……はぁ、誰も居ないのに口上並べても、馬鹿みた

 いじゃないの」
 
  剣を空にかざしてみる。
薄く光の跳ねたそれは、一点の曇りも無いように見える。
 
Youmu Konpaku

「剣気の乱れは心の乱れ、太刀筋の迷いは心の迷い。
 ……うーん、そういえば最近斬ってないなあ。
叱ら

 れたし」
 
  勿論、当人の中ではちゃんと理由があって色々斬ったりしているのだが、そんな事は相手からすれば関係無いと言うか傍迷惑なだけであって、しかし妖夢にとっては当然知った事ではない。  
Youmu Konpaku 「腕が鈍ってなければいいんだけど……
フッ!」
 
  楼観剣を正眼に構え、意識を刀身に集中させる。
すると刃がうっすらと光に包まれ、青白く輝きを放つ。
そしてそのまま上段に構えを移行し、空に向かって真っ直ぐに振り下ろした。
 
Youmu Konpaku

「ハァッ!
 ……んー、やっぱり鈍ってるなあ。
もう  ちょっと遠くまで、剣閃が届いてたと思うんだけ 

 ど」
 
  楼観剣から剣気一閃、空に放たれた気の刃は、妖夢から十尺程の所まで飛び、そして掻き消えた。
その飛距離に妖夢は不満な様である。
 
Youmu Konpaku

「こんなんじゃ、敵が攻めてきたら幽々子様を護り切  れないかもしれないなあ。
よし、今のうちに特訓し

 よう!」
 
  何かを思い立ち、屋敷の方へ引き上げていったかと思うと、しばらくして何やら人型をした物を大量に持って帰ってきた。  
Youmu Konpaku

「剣術の稽古の必須道具、皆の友達『藁人君』!
 か  の歴史に名を残すような達人達も、これを使って 

 日々の研鑽に励んだという」
 
  藁で編まれた人型の物……
ちゃんと手足に頭も付いたちょっと物騒な巻き藁のような物を脇に置いて、まず一つを手に取り空高く放り投げ、さらに自らも地を蹴って跳躍した。
 
Youmu Konpaku 「チェストオオオォォ~!」  
  気合と共に数度、常人では見る事すら叶わぬ速度で剣を振るう。
スバッという心地よい音と手応えを感じ、バラバラになった藁人君と一緒に降りてきた。
 
Youmu Konpaku

「ふぅっ……
よし、スパッと斬れてるかな。
剣の方は

 鈍ってないみたい……
って、ああっ!?」
 
  地面に転がっている無残な藁人君の惨殺死体は、両手足に当たる部分はバッサリ綺麗に切断されていたが、頭に当たる部分はそのまま残っていた。  
Youmu Konpaku 「そんな、五の太刀が完全に入ったのに……!」  
  右腕、
右足、
左腕、
左足、
そして最後に頭……
目測を見誤ったのだろうか。
 
Youmu Konpaku

「やはり今の私は、剣も心も曇っているようです……
 こんな事では幽々子様に申し訳が立たない、精進し

 ないと!」
 
  山積みになっている藁人君を、掴んでは投げて斬り、掴んでは投げて斬り……
それはもう鬼気迫る光景で、白玉楼にやってきた幽霊達も皆、あまりの恐ろしさに『あれが地獄の鬼か』と噂したのだった。
 

*E053


  耳を澄ませば耳鳴りが聴こえそうな程、静かな佇まいの白玉楼。
その主幽々子は、今日も一室で静かに茶を嗜んでいた。
 
Yuyuko Saigyouji

「茶柱が~
立てば先良し今日と明日~
この身焦がしや  白玉の淑女~……
幽々子、心の一首。
うーん、我な

 がら胸を打つ名歌ね」
 
Yuyuko Saigyouji

「……あら、お茶が無い。
お茶菓子も切らしてるわ。

 誰かー?」
 
  幽々子が柏手を打ちながら呼び掛けると、しばらくしてお屋敷付きの幽霊がやってきた。
礼儀正しく振舞っているつもりの様なのだが、幽霊なのでよく分からない。
 
Yuyuko Saigyouji

「あ、お茶とお茶菓子を切らしちゃったの。
お代わり

 持ってきて頂戴」
 
  幽々子の命を受け幽霊は急須を受け取ると、障子を開けっ放しにしたままフワフワと飛んでいった。
指示を受けると礼儀作法が抜け落ちてしまう辺り、幽霊らしいと言えるかもしれない。
 
Yuyuko Saigyouji

「それにしても、何となく気持ちの悪い暑さねえ。
こ  こがそうなんだから、きっと顕界は地獄のような暑

 さなんでしょうね。
それに比べればここは天国」
 
Yuyuko Saigyouji

「生者の暮らす領域が地獄で、死者の集う冥界が天国

 とは、上手くできてるものだわ」
 
  一人満足気に頷いていると、先程の幽霊がお盆に急須と茶請けを乗せて戻ってきた。  
Yuyuko Saigyouji

「御苦労様、下がっていいわよ。
あ、障子は開けっ放

 しでいいわ」
 
  幽々子に言われて障子の事に気付き、ペコペコと何度も頭を下げて幽霊は戻っていった。
といってもどこが頭になるのか分からないが、幽々子くらいになると分かるようになるのかもしれない。
 
Yuyuko Saigyouji

「んー、涼しい。
今日もいい風が吹いてるわねえ。
涼  を堪能しつつ、体は熱いお茶で満たされていく……

 至上の贅沢よね」
 
Yuyuko Saigyouji

「……何だかずっと前にも、こんな事があったような  気がするのだけど……
デジャヴってやつかしら?

 危ない危ない、健康には気をつけなくちゃ」
 
  今更健康を気にしてどうするのかという至極尤もな突っ込みも無く、熱気立ち込める湯飲みを手にしたまま、開け放たれた部屋から見える枯山水の庭を、静かに見つめる。  
Yuyuko Saigyouji

「死して尚色褪せない美しい風景、死してより輝きを  放つ死者の魂……
穢れた衣を捨てて、魂は解き放た

 れる」
 
Yuyuko Saigyouji

「そして、人が生を終えると花が咲く……
私に咲いた  花はどんな風だったのかしら?
 きっと目も眩むよ

 うな美しい大輪だったんでしょうねえ」
 
  幽々子の視線は既に庭に向いてはおらず、その意識は屋敷の離れに堂々とその威容を晒している西行妖へと向けられていた。
意識してか、それとも無意識のうちなのか……
彼女がそれを知る事は無い。
 
Yuyuko Saigyouji

「来年の桜もきっと、見事な花を咲かせてくれそうね  え。
顕界も冥界も、生者も死者も分け隔てなく、皆

 でお花見……
楽しみだわ」
 
Yuyuko Saigyouji

「でもまた妖夢が泣いちゃうかもねぇ。
今度はちょっ

 とくらい、手伝ってあげましょうか」
 
  結界の失われた今、顕界と冥界の境は日に日に希薄になっていて、生者も容易く白玉楼を訪れる事ができる。
未だに紫が結界を引き直さないのは、彼女なりの幽々子への優しさだったのかもしれなかった。
 

*E054








  紅魔館。
霧の湖の更に向こう側に位置するその館は、血を連想させる鮮やかな紅と、近づく者全てを威圧する妖気で、人間はおろか妖怪ですら、近づく者は滅多に居なかった。
 
  ……筈だったが、あの紅霧異変以来存在を広く認知される事になった紅魔館、
そしてその主は、度々気紛れにパーティを開いたりして、少しずつではあるが勇気ある人間達との交流を持ったりしているようである。
 
  しかし、館に住むのは恐ろしい妖怪や吸血鬼である事に変わりは無く、普段は滅多に訪れる者は居ない。
そんな侵入者等皆無の紅魔館、その門を守護する妖怪紅美鈴は、今日も門前で佇んでいた。
 
Hong Meiling

「ふぅ……
今日も異常無し、っと。
というか、そうそ  う異常なんて起こるもんじゃ無いわよねえ……
滅多

 な事なんて、ある筈が無いもの」
 
  紅霧異変の時に霊夢と魔理沙が訪れて以来、彼女が守護する門をくぐろうとした者は居ない。
その事が、美鈴の緊張を幾分か緩ませていたのかもしれなかった。
 
Hong Meiling

「いけない、体が鈍ってしまう。
体の緩みは心の緩 

 み、心の緩みは気の緩み……
引き締めないと」
 
  これでは宜しくないと気を張り直し、一般に太極拳と呼ばれるゆったりとした舞踊の如き舞いを始める。
独特のリズムによる呼吸法により気を練り上げ、大地を震わす震脚を行った……その時、だった。
 
??? 「御邪魔しますわ」  
Hong Meiling 「…………っ!?」  
  突如聞こえた何者かの声に、美鈴の背筋に冷たいものが走る。
慌てて周囲を見渡すが、当然誰も居ない。
しかし、その気配は一瞬ではあったが確かに感じた。
 
Hong Meiling 「お屋敷の方に向かってるの……!?」  
  気配はすぐに掻き消え、慌てて見渡してみてもそれらしき姿は見当たらない。
……そして何より、美鈴の体はまるで射抜かれたかのように硬直して動かなかった。
 
Hong Meiling 「くっ……
そんな……!?」
 
  美鈴はただ、消えてしまった何かの気配の先を見つめる事しかできなかった。  
  紅魔館内にある大図書館。
膨大な量の蔵書と、端が見えない程広大な内部は、さながら本の山で築かれた迷路のようであった。
生涯を費やしても踏破できない知識が、そこに眠っている。
 
  その大図書館の主であるパチュリー・ノーレッジと、紅魔館の主レミリア・スカーレットが、歓談を楽しんでいた。  
Remilia Scarlet 「あー暑い。
暑い。
暑い。暑い」
 
Patchouli Knowledge 「一回言えば分かるわよ、読書の邪魔になるでしょ」  
Remilia Scarlet

「あら、パチェはこの私を邪魔者扱いするの?
 酷い

 じゃないか」
 
Patchouli Knowledge 「図書館は本を読む所。
ここは避暑地じゃないわ」
 
Remilia Scarlet 「じゃあ氷かなんか出してよ」  
Patchouli Knowledge 「嫌よ、湿気は本の大敵」  
Sakuya Izayoi

「やれやれ、無敵の吸血鬼様も熱気には勝てないので

 すね」
 
  うだうだとしている二人の所へ、紅魔館メイド長の十六夜咲夜が、トレイにティーポットとカップ、それに氷の入った器を乗せてやってきた。  
Remilia Scarlet

「そりゃ、無敵と無感覚は違うからね。
暑いし寒いし

 痛いし。
という訳で、早くその無敵の薬を頂戴」
 
  レミリアに急かされ咲夜はテーブルの隅にトレイを置くと、カップに氷を数個入れた後静かにポットの中身を注ぎ、レミリアとパチュリーの前に置いた。  
Sakuya Izayoi

「パチュリー様もお飲みになれるよう、極普通のカル

 ダモンティーをお持ちしましたわ」
 
Patchouli Knowledge 「気が利くわね、頂くわ」  
Remilia Scarlet 「うーん、鉄分が足りないわ」  
Sakuya Izayoi 「私のでもよければ」  
Remilia Scarlet 「要らないよ、咲夜のなんか飲んでも仕方ない」  
Sakuya Izayoi

「そんな風に仰られると傷付きます、折角サラサラの

 健康体ですのに」
 
Remilia Scarlet

「……ふぅ、咲夜のおかげで何となく涼しくなった気

 がするわ」
 
Patchouli Knowledge 「プラシーボ」  
Remilia Scarlet

「冷たいものを取り込んで、効果が無かったらそれは  詐欺よ。
……そういやこの屋敷も、何か冷たくなる

 ようなものを取り込んだようだけど」
 
Sakuya Izayoi 「あらお嬢様、お気付きでしたか」  
Remilia Scarlet

「これ見よがしに妖気を放つ理由は二つしかない。
自  分の力もコントロールできない程に弱っちい奴か、

 自己顕示したい奴か」
 
Patchouli Knowledge

「レミィ、私の敷いた侵入者用の結界網には何も引っ  かかってないわ。
つまり相手は余程の者か、もしく

 は空間そのものを無視して移動できるという事」
 
Remilia Scarlet 「あら偶然、思い当たる奴が一人居るわ」  
Sakuya Izayoi 「私も思い当たりましたわ、一人」  
Remilia Scarlet 「……咲夜、とうとう本性を現したね」  
Sakuya Izayoi 「私は鞭も十字架も持っていませんわ」  
Remilia Scarlet 「何だ違うのか、つまらない」  
Patchouli Knowledge

「……レミィ、それくらいにしておかないと、出てく

 るタイミングが分からなくなるわ」
 
Remilia Scarlet

「ふん、世話の焼ける事。
……ほら、そろそろ顔を見

 せたらどうだ?」
 
???

「……これはこれは、気を使わせてしまって恐縮です

 わ」
 
  レミリアが呼び掛けると、テーブルの傍の空間に亀裂が走り、その隙間から八雲紫が姿を現した。
隙間の上に腰を下ろし、油断無く三人を見下ろしている。
 
Remilia Scarlet

「主への面会なら、ちゃんと正規の手続きを踏んでも

 らいたいもんだ」
 
Yukari Yakumo

「あら、私はちゃんと正門から堂々と入りましたわ。

 直立不動で通して下さいました事よ?」
 
Sakuya Izayoi 「……何の為の門番なんだか」  
Remilia Scarlet

「構わないよ、あれは相手の力を見極められる程度に  は強い。
手に負えなさそうな相手なら、通してもい

 いって言ってある」
 
Remilia Scarlet

「本気でここに攻めてくるつもりなら、空から無差別  に攻撃してくればいいんだ。
それをわざわざ門を潜

 ってやってくるという事は」
 
Sakuya Izayoi 「コントロールできてないのですね、色々と」  
Patchouli Knowledge 「修理が必要ね」  
Yukari Yakumo

「生憎、私の式は修理の必要がありませんわ。
無論、  操者の私も……
じゃなくて、キリが無いからさっさ

 と本題に入りましょう」
 
Remilia Scarlet

「知ってるよ。
何だかそこかしこで面白そうな事をや

 ってるみたいじゃないの」
 
Sakuya Izayoi 「御存知だったのですか?」  
Remilia Scarlet

「情報は強者の下に集まってくるものさ。
具体的には

 優雅な夜の散歩中に」
 
Sakuya Izayoi 「つまり小耳に挟んだ訳ですね」  
Remilia Scarlet

「そういうお前こそ、知ってたんじゃないの。
大切な

 事は知らせなさいと言ってるでしょ」
 
Sakuya Izayoi

「厄介事を持ち込む従者がどこに居ますか。
という訳

 で御引取り下さい」
 
Yukari Yakumo 「あら残念」  
Remilia Scarlet

「それじゃあ咲夜とパチェ、準備して頂戴。
私は堂々

 と楽しませてもらうわ」
 
Sakuya Izayoi

「ハァ、こうなる事が予測できてたから、何も言わな

 かったのです」
 
Patchouli Knowledge 「どうやらレミィはずっと待ってたみたいね」  
Remilia Scarlet

「誇り高き吸血鬼は形式を重んじる。
乞われて渋々腰

 を上げないと、箔が付かないじゃない」
 
Sakuya Izayoi 「その割には嬉しそうな顔ですが」  
Yukari Yakumo

「話が早くて助かりますわ。
以前貴方を破った霊夢  が、今の所最大勢力です。
きっとやる気も湧いてく

 るでしょう」
 
Remilia Scarlet

「関係無いよ、やると決めたらいつだってやる気漲る

 もの」
 
Patchouli Knowledge 「萎むのも早いけどね」  
Remilia Scarlet

「だから萎まないうちにやるのよ。
八雲紫、とか言っ  たっけ?
 聞いた通り、お前の企みに乗ってあげる

 から感謝しな」
 
Yukari Yakumo 「それは光栄ですわ。
では、御機嫌麗しゅう」
 
  そう言うと紫は小さく微笑み、出てきたのと同じ隙間に潜ってその場を去った。  
Remilia Scarlet

「さあ咲夜、合法的に活きのいい人間の血を集めてく

 るのよ」
 
Sakuya Izayoi 「無茶言わないで下さい、後々面倒になります」  
Remilia Scarlet 「ちぇ、つまらないの」  
Patchouli Knowledge 「まあレミィが飽きるまでは、適当にやりましょ」  
Remilia Scarlet 「飽きさせないよう頑張るのよ」  
Sakuya Izayoi 「程々に頑張りますわ」  
  ……こうして、レミリア擁する紅魔館が新たに参戦し、勢力地図に書き加えられる事となったのだった。  
  『紅き紅魔館』が結成されました。
  を支配下に置きました。

*E055


Hong Meiling 「はぁ……
未熟、まだまだ未熟だわ」
 
  先日、彼女が守護する紅魔館門前で感じた異様な気配。
その正体は八雲紫だった訳だが、妖気にあてられて身が竦み、動けなくなってしまった事を美鈴は悔やんでいた。
 
Hong Meiling

「情けない、あれくらいで怯んでしまい何もできなか

 ったとは……
もっと鍛錬を積まないと」
 
  武術を駆使して戦う美鈴は、妖術などに頼らず己の身体を持って敵に当たる。
その為、正攻法でやりあう分にはかなりの強さを誇るのだが、例えば紫の様な圧倒的妖力を持つ者は不得手であった。
 
Hong Meiling

「今回は大事にならなかったから良かったものの、も  し相手が敵意を持って来ていたなら……
ああ、お嬢

 様に叱られてしまう」
 
Hong Meiling

「……いや、叱られるだけならまだいい。
クビにされ

 ても文句を言えないじゃない」
 
  レミリアが門番を置いているのは、まず館の主としての見栄、そしてフィルターの為であった。
歯牙にも掛からぬような雑魚を排除させ、強い者ならレミリアが暇潰しとして相手をしてやる。
 
  まあ殆どは、レミリアの元に辿りつく前にパチュリーや咲夜に排除されてしまうのだが……
いくら『手に負えないと判断したら、通しても良い』と言われていても、やはりそれでは美鈴の矜持に関わる。
 
Hong Meiling

「再び、あのような醜態を晒す事だけは避けないと。

 ……さぁ、誰も居ない今のうちに修練修練、っと」
 
  辺りを見回した後、美鈴は深く息を押し出すと腰を下ろし、両足の裏を大地に根を下ろすかのように沈み込む。
目を瞑り意識を研ぎ澄ませると、自然界の気の力が全身に流れ込んでくる。
 
Hong Meiling 「フゥゥゥ……
ンッ!」
 
  震脚と共に掌を正面に突き出す。
人影も無く静かな場に、空気の震える音が木霊した。
正拳突きによる衝撃波は、遥か離れた大木すら打ち倒してしまいそうな気迫を感じさせる。
 
Hong Meiling

「ふぅ……
でも、当たらないと意味が無いのよね。

 幕ごっこじゃ使えないし」
 
  スペルカードルールでは、その性質上遠距離戦が主体となる。
いかに一撃必殺の武器と言えど、相手を間合いに入れなければ何の役にも立たないのだ。
 
Hong Meiling

「離れた相手にも、同じ威力の気をぶつける事ができ

 ればなあ……
ん?」
 
  緊張を解き、一息ついた所でふと振り返ると、そこには館のメイドが体をプルプルと震わせて硬直していた。  
Fairy Maid 「ブルブル……」  
Hong Meiling 「あ、ごめんなさい。
驚かせてしまったわね」
 
Fairy Maid 「ハッ……
いっ、いえ、休憩の時間ですよ」
 
Hong Meiling 「あ、ありがとう。
それじゃあここは御願いね」
 
  その場をメイドに任せ、美鈴は館の門をくぐり敷地内へと入っていった。
行き先は、彼女の管理している花畑である。
その百花繚乱の様は、さながら彼女の気の具現化のようでもあった。
 
Hong Meiling

「あ~、花の香りは頭がすっきりするなあ。
このお花

 畑を守る為にも、もっとしっかりしなきゃ」
 
  風に花がそよぐその中心で美鈴は、拳を堅く握り締めて空を見上げるのだった。  

*E056



  紅魔館の長い長い廊下を掃除する、屋敷お付きの専属メイド達。
何時いかなる客が見えてもいいように、埃一つ残さぬ心構えで日々清掃に励んでいる。
屋敷の一つ一つが主人の顔であり、泥を塗る訳にはいかない。
 
  しかし、メイドといっても実際はただの雇われ妖精、殆どものの役には立っていない。
そんな妖精メイドを管理し動かす、紅魔館唯一の人間にしてメイド長の十六夜咲夜は、今日も慌しく仕事に励んでいた。
 
Sakuya Izayoi

「ああ、貴方はそっちの廊下を御願い。
貴方はあっ 

 ち、貴方は灯りの煤を払って頂戴」
 
  咲夜の指示を受けて、妖精メイド達がパタパタと動き出す。
人間基準で見れば、それは随分とゆっくりしたものに見えるのだが、それでも妖精達は一生懸命なので急かす事はできない。
 
Sakuya Izayoi

「まあ、いつもの事だし……
それじゃあ私の分もパッ

 パッと片付けましょうか」
 
  メイド達が当てにならないので、紅魔館内の仕事は実質咲夜一人がこなしているようなものだった。
そんな不可能を可能にする彼女の力……時間操作を駆使して仕事を片付けてしまう。
 
Sakuya Izayoi 「ふぅ……
こんな所かしらね」
 
  周りから見れば、時間が止まっている為一瞬にして掃除が終わったように見えるが、実際は長時間を普通に掃除している為、咲夜自身はわりと疲れていた。  
Sakuya Izayoi

「手を増やそうにも妖精は役立たずだし、妖怪は何を  企んでるか分かったもんじゃないし、人間なんて以

 ての外だし……
私が四人くらい居ればねえ」
 
  ……なんて事を以前漏らしたら、パチュリーが『いい案がある』と言い出して、訳の分からない魔法を試された挙句大変な目に遭わされたので、結局は自分一人でこなすしかない事は重々承知していた。  
Sakuya Izayoi

「ま、私以外にこの役目をこなせるのが居るとも思わ

 ないし、今日もお嬢様の為に頑張りますか、
と」
 
  口では忙しいと言いつつも、現実咲夜程完璧に仕事のできる者も存在しないので、忙しさそのものがそんな彼女の一種のステータスともなっていた。  
Fairy Maid 「わ、わ、わ~、どうしよう……
割っちゃったよお」
 
Sakuya Izayoi

「あー、しょうがないわね……
貴方、向こうの倉庫に

 スペアがあるから、同じ物を持ってきて頂戴」
 
Fairy Maid 「はーい、ただいまー」  
  質よりも量、人海戦術で日々の仕事を乗り切っている紅魔館妖精メイド隊であったが、寧ろ自分一人の方がよっぽど捗るかもしれない……
そんな事を、咲夜は割れたガラスを片付けながら考えていた。
 
Fairy Maid 「持ってきましたあ」  
Sakuya Izayoi

「それじゃあ割れた物と交換しておいてね。
今度は割

 らないように」
 
  指示を出して、メイドの危なっかしい手付きを心配そうに見守る。
いくら自分でやった方が早いと言っても館で働いている以上そういう訳にもいかないので、不安でもやってもらうしかない。
 
Sakuya Izayoi

「それじゃあここはいいとして……
ああ、もうこんな  時間ね。
……ねえそこの貴方、ちょっと門番の美鈴

 と休憩で交代してきてくれないかしら」
 
Fairy Maid 「はーい」  
  飛び去っていくメイドの姿を見届けて、咲夜はメイドの残した分の仕事を片付けると、門前が見渡せる窓まで移動する。
窓からは外がよく見渡せ、庭の花畑では美鈴が楽しそうにクルクル回っていた。
 
Sakuya Izayoi

「……全く、緊張感が無いというか……
一度ちゃんと

 正しておいた方がいいかもね」
 
  紅霧の異変以来、どことなく紅魔館に流れている緩い空気……
それはそれで悪くないものではあったが、メリハリはきっちりつける、と館内を預かるメイド長としての立場から、咲夜は考えていた。
 



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