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Cage in Lunatic Runagate: Seventh Chapter

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第七話 半身半義

Chapter 7: Half-body Half-loyalty

海水が不思議な力により上下している。波だ。

水が海岸に押し寄せている様に見えるが、実際の水の流れと波の方向は無関係であるという。

音もまた、空気を伝わる波である。勿論、風上にも音は伝わる。空気の流れとは関係無く音を伝える事が出来るのだ。

では、波とは何なのだろうか。物体を移動させないで、一体何を伝えているのだろうか。

考えれば考えるほど判らなくなる。ここ半年くらい、波長の違う人達に振り回されっぱなしで頭が痛いというのに。

 

ここは月の海の上。海面は静かに揺れている。

音は殆ど無い。自然の音も人工的な音も殆ど聞こえない。まるで彼岸の様に穏やかで優しかった。

死後の世界と言っても色々あるが、死んで三途の川を渡り、最初に訪れる場所は此岸である。彼岸は閻魔様に現世での罪を裁かれるのを待つ場所である。そこは昼も夜も、夏も冬もない世界で、ただ静かに花が咲き生気のない風が吹くだけの場所である。

何故か月の海はそこを彷彿させた。

生の匂いが感じられない。この海から生きとし生ける者全ての業因、業果が感じられない。それの意味するところは何も棲んでいないか、もしくは死なない者しか棲んでいないという事である。

何故私がこんな所に居るのかというと、実はよく判らない。私と波長の異なる者に流されてきただけである。今年の夏から周りで起きている事が理解できなくなっていたのだ。

 

——夏の冥界。

冥界は転生待ちの霊達が住まう場所である。転生が許されているという事は、比較的善良な霊達ばかりであるが、転生先は人間とは限らない。獣や猛禽ならまだマシな方である。百足とか下賤な虫に転生するかも知れない。

そんな転生先の心配も感じられない幽霊達は、今日も暢気に冥界観光をしている。暢気なもんだ。

本来なら白玉楼の庭で手入れや警備をしている私だが、今はお屋敷の座敷で接客をしている。かしこまった席で話を聞くのは苦手だ。

「話聞いてますでしょうか?」

「え、ああ。えーと……」

急に質問されたので戸惑っていると私の隣にいる私の主人、西行寺幽々子様が代わりに返答してくれた。

「勿論聞いてなかったわ。私も、妖夢も」

「そうですか……そんな気がしてましたが。ま、細かいいきさつとか割とどうでも良いという事ですね?」

実際に聞いていなかったが、そう解釈して貰った方が格好がつく気がする。幽々子様は恐らく本当に聞いていない。

「端的に言うと、あなた方には吸血鬼達の監視をして頂きたいのです」

「監視……?」

私達は冥界の管理、監視は行っているが、顕界の妖怪の監視を生業とはしていない。当然、今まで誰からもそういう依頼を受けた事など無い。

私達の元に不可解な依頼を持ちかけてきたのは妖狐、八雲藍である。

「……監視って何故ですか? 月に行きたいのなら勝手に行かせればいいじゃないですか。前から行きたがっていたみたいですし」

「そういう訳にも行かないのです。これは紫様の命令なのですが……」

藍はそういってお茶を飲んだ。言葉を選んでいるようだ。

「……知っての通り。紫様は一度月の都に攻め入って敗北しています。それでいつか月の都に復讐しようとその時が来るのを待っています」

紫様とは、藍の飼い主、八雲紫様の事である。幽々子様の古い友人で、幽々子様と同じくらい理解できないお方だ。私と波長がずれているのだ。

紫様はその昔月に攻め入った事があるという。何百年も前の話で、当然私はまだ生まれていない。藍が「知っての通り」と言ったのは、幽々子様はその出来事を生で見た事があるからであり、その事からこの台詞は、私に向けて語られていない事が判る。

「次は吸血鬼達の力も借りて戦力を磐石なものにしようと話を持ちかけたのですが、やはり、自分たちの力だけで月に行こうと考えているようです。現状では、紫様の協力無しでは月に行く願いは叶わないと紫様は仰ってますが——」

おかしい。紫様の考えている事は大体判らないが、吸血鬼の力を借りてという所に違和感を覚えた。しかも幽々子様に相談する前に、である。

「無策では吸血鬼達に勝ち目はないでしょう。それほど月の民達は強力なのです。地上からの侵略者があれば月の都は再び警戒します。それが紫様にとっては喜ばしくない事なのです——」

思えばこの妖狐の訪問辺りからだった。私の周りで起こっている事が理解できなくなったのは。

私は理解できない事はすぐ訊く癖がついていた。訊くは一時の恥聞かぬは一生の恥、と教えられてきたからである。

だが、それが理解を阻害している様な気もした。何でもかんでも誰かが教えてくれると思ってしまい、真剣に自分で考えようという気を失わせるからだ。

私がいつものように幽々子様に質問をしていると、こんな教えを頂いた事があった。

『妖夢は口を開けば、それは何ですか? どういう意味ですか?って。その辺の喋らない幽霊の方が含蓄ある話をするわ』

『すみません。ですが、訊くは一時の恥聞かぬは一生の恥、と』

『ふふふ。妖夢、貴方は訊く事を一時の恥だと感じているの?』

『えっ?』

『恥を感じる様な質問というのは、知っていて当然な事を知らない時だけです。そのような質問は大いにしなさい。知ったかぶりは大きな損をします』

『……』

『しかし、自分がただ知りたい事を訊くという事は恥ではありません。恥を感じない質問は、必ずしも答えを得られると限らないのです。自分が知りたい事は自分で考えなさい。いつでも知りたい事を聞く事が出来る環境は、知りたい事を減らしてしまうのよ。知りたい事を失った人生は、不幸以外の何物でもないわ。そう……長く生きていると特にね』

言うまでもないが、幽々子様はとうの昔に亡くなって、亡霊として冥界に留まっているのである。しかし、幽々子様は『生きている』という表現を多用する。

私は幽々子様の言っている事をどれだけ理解できているのか自信がない。判っている事なのに教えてくれないのは、ただ意地悪しているだけなのではないかとさえ思う。

しかし、最近は誰に訊いてもまともに教えてくれない事が増えた。もしかしたら、質問に答える事を面倒に思っているのかもしれない。そう考えるとやはり恐縮してしまう。

「……そうですか。幽々子様は月面戦争を見たことがあるからすぐに理解するはず、と紫様は仰ってましたが」

藍は「紫様の言っている事と違う」とぶつくさ言いながら帰っていった。

私が考え事をしている間に、幽々子様は依頼を断ったようだ。

私には紫様が吸血鬼の監視の話を持ちかけてきた理由も、幽々子様が断った理由も判らなかった。判らない事だらけだった。

「紫様は何故、あのような話を幽々子様に持ちかけてきたのでしょう?」

何気なくそう質問してしまって後悔した。もっと自分で考えろと言われてしまうのではないか。

「聞いての通りじゃないの? 紫は困っているのよ」

「そ、そうですかね」

私は決めた。ここ白玉楼の庭師、魂魄妖夢として単独で行動する事を。吸血鬼達の監視、及び何が起きようとしているのか調べる事を。勿論、誰にも訊かずに、自分で理解する事を。出来るだけ……。

 

「——これでさらにロケットは完成に近づく。咲夜、ご苦労様。下がって良いわ」

「はい」

本棚の後ろに隠れていた私の脇をメイドが通っていった。

私は紅魔館の地下にある大図書館に忍び込んでいた。月に向かうためのロケットはここで製作されているからだ。

目立たないように未完成ロケットに近づき、じっくりと観察した。

外壁は木製で、強度面は難あり。

形状は桶を適当に三段積み重ねた様な物であり、連結部分はどうなっているのか不明。

外壁に取り付けられた窓は外開きの普通の窓だ。その窓から覗く内装は、レースのカーテンに三日月形のテーブル、無駄に華やかである。

気になる事は、このロケットはただの小さな変わった家の様で、飛ぶ為の機能が一切見当たらないという事だった。

……これでは、ただの別荘ではないのだろうか。

ロケットを造って独自に月に行く、というのはただのはったりで、実際はロケット型の別荘でお月見をするとかそんなオチなのではないだろうか。

「……ロケットの外観は出来つつあるが、今すぐに月に行ける状態とはとても思えないっと。メモメモ」

「で、そこの侵入者はいつまで見つかっていないと思っているのかねぇ」

「およ?」

 

「——それで、ロケットはいつ完成するのですか?」

「ふん。何で私がコソ泥のあんたにそんな事教えなければいけないのよ」

「あ、そうだ。訊かないで自分で考えるんだった」

「?」

私は図書館の中央にある三日月形のテーブルに着いていた。図書館の主、パチュリー・ノーレッジと対峙していた。ロケットに近づきすぎたのか、見つかってしまったのだ。

「忍び込んだ最初からバレバレだったわよ。面倒だから無視していたのに、声に出してメモを取り始めたから……」

「あれ? 声に出してました?」

「ま、別に良いけどね。何か持っていったり壊したりしなければ」

そう言って、机の上に置いてあった鈴を揺らした。

「⁉ 捕まえる気?」

「ふん。捕まえるなら最初から捕まえているわよ」

「じゃあ今の鈴は……」

「咲夜にお茶を持ってきて貰うのよ。私の分の一つ。で、何よ」

「はい?」

「あんたの用事。ロケットの事で何か気になる事でもあるの?」

特に私を捕まえる気は無い様子である。思えば、吸血鬼達は自分達でロケットを造って月に行きたいと前々から公言していたし、紫様から私達に監視の依頼があった事など知らないのである。むしろ、自分達が行っている大事業を誰かに伝えたいとすら思っている様である。

この際だから色々訊いてしまおう……と思ったのだが、やはり自分で考えた方が良いだろうか。

「先ほど、ロケットを拝見したのですが……どうしても気になる事があるのです」

「何よ」

「このロケットの動力って、一体何なんですか? あ、これは独り言で」

「独り言?」

「ああ、独り言で質問では無いのですが、答えて頂いて構いません」

「あー? 何を言っているのかよく判らないが、ロケットの動力は——」

その時、メイドの咲夜が図書館に入ってきた。手にはお茶を持っている。さっき鳴らした鈴で呼ばれたのだ。

「お茶をお持ちしました……ってあら」

「お邪魔してます」一応挨拶をした。

「まだ帰っていなかったのね? でも良かったわ」

「良かったって何がですか?」

「パチュリー様と一緒にテーブルに着いていて。まさか、あんなにバレバレで隠れているつもりだったらどうしようかと……」

「ふん。こいつは最初から私を訪ねて来たみたいだから心配無い」

今更、実は隠れていましたとは言えない。

「一応、お茶を二つ用意してきた。まだ帰っていないと思いまして」

「あ、ありがとうございます」

メイドはお茶を二つ置くと、一礼して下がっていった。このお茶の香りは、うちのお茶より香りに品が無いような気がする。うちのお茶は、香りは細く長く続くのに対して、この紅茶は香りが強すぎるのだ。

パチュリーが口を開いた。

「で、何の話だったっけ?」

「ロケットの動力です」

「ああ、ロケットの動力ね。それが未だに判らないのよね」

判らない……? なーんだ、紫様が心配する程の事でも無いじゃない。

「どうやら、動力は三段の筒状のエネルギーらしいの。今、咲夜に探させているけど、貴方も何か思い当たる物があったら教えて欲しい」

「……何故、私にそんな話を? 私が協力するかどうか判らないでしょ?」

「あら、貴方だって月を見てみたいと思っているでしょう? 月の民達に一泡吹かせたいと思っているでしょう?」

月の民……。二、三年ほど前から月の民と名乗る者達が竹林に住み着いている。

私は、あの者達が幻想郷では異質な者であるようにしか思えない。

吸血鬼の監視をしようと思っているが、それは紫様の真意を知る為である。決して、月の民の味方になりたい訳ではないのだが……吸血鬼のロケットの完成を邪魔する事は、結果としてあの者たちの味方になってしまうのだろうか。

ひとまず、何か思いついたら協力するとだけ言って、紅魔館を後にした。

 

——博麗神社へ続く道。

夜も更け、夜目が利かない人間の姿は殆ど見あたらない。

この辺りは住んでいる人間も無く、適度に生えた木が不気味な陰影を作り、格好の肝試しスポットだ。

私は幽霊には慣れているが(そもそも半分幽霊だが)、暗いところは苦手である。

そんな私が何故、夜道を歩いているかと言うとそれには訳がある。

紅魔館近辺にてロケットの監視を行っていたら、メイドの咲夜が出てきたのだ。

私は後を追った。

尾行である。捜査の基本らしい。

自慢じゃないが尾行は得意である。半分人間半分幽霊だから、それぞれの気配が薄いのだ。

パチュリーは「ロケットの動力は、咲夜に探させている」と言っていた。咲夜の後を追えば、何か掴めるかも知れない。

なぜ、紫様は吸血鬼達の監視を依頼してきたのか。

「——で、そこのストーカーはいつまで見つかっていないと思っているの?」

「およ?」

見つかってしまったので尾行は中断せざるを得ない。捜査内容を尾行から聞き込みに変更する事にした。聞き込みも捜査の基本らしい。

「へぇ、なんで貴方がロケットの事を知っているの? ……もしかして」

「監視……じゃなくて、ええっと……」

「貴方達もあの狐に月侵略の話を持ちかけられたのね?」

「はい?」

「うちにも来たのよ。一緒に月を侵略しないかって」

「そ、それは……」

そういえば、狐は吸血鬼に共同作戦を持ちかけたと言っていた。

そこも何か違和感を覚える。

何故、吸血鬼に持ちかけたのだろうか。

何故、最初に幽々子様の方に持ちかけなかったのだろうか。

「でも、残念ね。うちはうちで別途月の都に侵略することになったの。オリジナルのロケットを造ってね。貴方達も月に行くと言うのなら、ロケット完成よりも早く行かないと、月の都はお嬢様の物よ」

「いや、私達は月に行くつもりはありませんが……それでロケットはいつ完成するんです?」

「うーん。ロケットに必要な重要な物が見つかっていないのよ……って、何で貴方にそんな事教えなければいけないのかしら」

「重要な物が見つかっていない……」

「そんな事メモしてどうするのよ」

「いやまぁ、何となく」

咲夜は神社の方へ消えてしまった。夜道は怖いので深追いは避ける事にした。

 

——香霖堂。

人里から離れた所にある古物屋である。

古物と言っても売っている物が古いとは限らない。その辺で拾った物を何でも取り扱っている店である。

拾った物とは建前で、本当は故買屋なんじゃないかと思う。

「え? 咲夜さんが買っていった物が何か知りたいだって?」

「ええ。最近ちょくちょく訪れているのは知っています。そこで、何を買っていったのか出来るだけ詳細も」

「生憎だけど、このような店でも顧客のプライベートは守らないといけないのでね」

「……ううむ。自分で探すしかないのね」

店内を見回した。

無機質な鉄の箱、ガラスの輪、緑色の薄い板。

およそ商品とは思えない物ばかりである。

「……この店でロケットに関する物って何だろう……」

「おや、君もロケットについて調べているのかい? それならアポロ計画の本が一番良いんだけど」

「アポロ計画……?」

「アポロ計画とは、ロケットを月まで飛ばす計画の事だよ」

「そ、その本を見せてください!」

「それがねぇ。残念だが、今は切らしているんだ。全部買われてしまってね」

誰が買っていったかなんて、火を見るより明らかだ。

「そ、そうですか……」

吸血鬼のロケットはその本を元にしているに違いない。

なるほど、何故月ロケットが急激に進行したのか判った気がする。吸血鬼達は、外の世界のロケット計画を手本に月ロケットを完成させ、月を目指しているのだ。

とすると、紫様の懸念は外のロケットにあると考えられないだろうか。

外のロケットを完成させられては困る何かがあるのではないか。

うーん。ここでロケットの本が手に入らないのが悔やまれる。

後もう一息で何が起きているのか判るかも知れないというのに。

「ま、アポロ計画の本は殆ど無くなっちゃったけど、代わりに似たような本ならあるよ。内容はさほど変わらないと思う」

「え? そ、それください」

 

——白玉楼。

「で、妖夢。何の本を読んでるのかしら?」

「あ、幽々子様。き、今日は雨が降っていますので、少し勉学にいそしもうと」

そう言って、読んでいた本を隠した。幽々子様は監視しなくていいと言っていたのに、私は内緒で吸血鬼達の監視を行っていたのだ。この本を読んでいる事は不自然である。

「勉学! 呆れたわ。つまんないの。そんな事より、今日は中秋の名月だからお団子捏ねておいてね」

私は頷くと、幽々子様は部屋から出て行った。

再び本に目を落とした。

「——ソユーズ計画。アポロ計画に敗れ、ついに月到達計画は幻となる。技術的にはアポロ計画より優れていたとも言われている。もし、アポロより先に月に到達していれば、世界は大きく変わっていたかもしれない」

香霖堂で手に入れた本には、アポロ計画とは別のロケット計画の事が書かれていた。

ソユーズとアポロのロケットの形状には余り大きな差は無いらしい。

上段になるほど小さくなる、三段の筒。間違いない、吸血鬼は外のロケットを参考にしている。

つまり、仕組みもこれと大差は無いだろう。

専門用語が多く理解に苦しんだが、私が一番気になっていた動力が書かれている部分を探し出した。

どうやら、使い捨ての燃料を取り付け、火を付けて飛ばすらしい。花火のような物だろう。

月に行くという魔術的な行為に不釣り合いな、しかし驚くほどシンプルな答えだった。

「そんなんで良ければ、火薬でも積み込めばすぐにでも飛ばせるんじゃないのかなぁ。余り乗り心地は良く無さそうだけど」

花火の上に家を載せて空を飛ぶ妄想を、私を呼ぶ声が切り裂いた。

「妖夢ー。お団子まだなのー?」

「はいはい。今行きますよ」

 

今宵は中秋の名月である。暦上は。

しかし、このままでは名月は楽しめないだろう。雨は小降りになったが未だ止まない。たとえ止んだとしても、雲が晴れるかどうか。

ちなみに団子を捏ねるのは好きだ。

蒸した後のつるつるな触感を捏ねるのは気持ちが良い。触っているだけで幸せになる。

「ねぇ、そろそろお供え物の準備は出来た?」

「あ、幽々子様。いらしたのですか? あともう少しだけ掛かりそうです」

幽々子様が急かしに来た。

「早くしないと始まっちゃうわよ? 今日は中秋の名月なんだから」

月見が始まると言うより、お腹が空いているだけの様な気がする。

「暦上ではそうですが……。最近の天気を見ていると、今夜も雨になると思いますよ」

私は窓の外を指した。二、三日前から続いている秋雨にお月見は絶望的だと思われた。

「そんなこと判っているわよ。大体、中秋の名月って言うけど、この時期って昔から天気が悪いのが普通なのよ。十年のうち九年は雨が降って見られない、と言われる程なの。つまり、実際は殆ど見られないのも名月たる所以……」

幽々子様がいつになく饒舌である。お腹が空いているのだろうか。 「じゃあ今、私は何の為にお団子を捏ねているのでしょう?」

幽々子様はさも当然といった様子で「お団子に食べる以外の用途があるのかしら?」と言った。

 

——夜になって雨は小降りになってきたようだが、やはり月は見えなかった。

枯山水の中庭が見える縁側に、団子をお供えした。

幽々子様は団子の隣に腰掛けると、早速一つ手で摘まんで口に入れた。

「雨月と言ってね。特に雨が長引きやすい中秋の名月は雨が降って月が隠れても、雲の上の名月を想像してお月見を楽しんだのよ」

「苦し紛れの楽しみ方ですね」

お月見の時に月が見えなかったら私はがっかりする。それが普通ではないだろうか。

「いやいや、その方が風流なのよ。昔から、名月そのものを見るより、丸い物を見て名月を想像する事が風流とされたの。昔の人は、実物より想像の方が何倍も大きく、何倍も美しい事を経験から知っていたのね。料理にお団子一つ付いているだけで名月を想像できたんだから、簡単で良いでしょう?」

月見うどん、と言えば卵を月に見立てた料理だ。里芋の白煮なんかも、月に見立てて添えられる事がある。

卵うどんの方が美味しそうではあるのだが、わざわざ月見に変えている辺りが風流なのかも知れない。

「そして、その究極の形が——そこのある筈の名月を想像する、雨月と言うわけ」

幽々子様は指で摘んだお団子を空にかざした。本来なら満月が見える筈の場所である。

 

雲で隠れて見えない雨月も堪能したところで、お座敷に戻った。

幽々子様が月見酒をしたいと言ったのでその準備をした。

私は、吸血鬼のロケットの進捗状況について、幽々子様に報告した方が良いのか悩んでいた。

あと一息で、紫様が私達に監視を依頼してきた意図が判りそうなのだが、私一人だけではどうしても考えが纏まらない。

お酒が入ったところで、私はもう一度、ふた月前の狐が訪問に来た事について話を振った。

 

「紫は念を入れ過ぎよ。いくら地上にスパイがいるからって」

「何か、腑に落ちない依頼でしたね。紫様が直々に吸血鬼達を見張れば良いのに……」

幽々子様は笑っていた。私は鎌をかけて幽々子様の考えを遠回しに探ろうとしたが、全て空振りに終わってしまった。

いつもの事だった。幽々子様は何か判っている様に見えるが、実際はただその時の気分で行動を決めているだけなのだ。このままでは何か大変な事になってしまうのではないだろうか。

私は意を決して、自分のしてきた事を告白した。

ここ二カ月、自分でロケットの調査を行い、吸血鬼達の監視を行ってきた事。

まだロケットは未完成で、飛ぶ為の動力が見つかっていないとの事。

しかし、三段の筒状の推進力さえあればロケットは完成し、いつでも飛びだせるとの事。

幽々子様は目を丸くして聞いていた。私は怒られる覚悟で報告を続けた。

怒られても良い。今起こっている事が私に理解できるレベルまで落ちてくれればそれで良い。

しかし、幽々子様から飛び出した言葉は、私の想像を遥かに超えた物だった。

「——吸血鬼のロケットを完成させなさい。貴方は、私が言った事を巫女に伝えるだけで、後は自動的に事は進むでしょう」

理解は絶望的になった。

そして、自分で考えて行動する事は諦めた。

幽々子様の希望通り、吸血鬼はロケットを完成させ、紫様より先に月へと向かっていった。

これで良かったのだろうか。

 

——流されるがまま。私は今、月にいる。

月の地表は水で満たされ、四方から様々な波を受け複雑な凹凸を見せている。

これが海というものか。何という広さだろうか。視界が良好な分、三途の河よりも広く感じた。

何より、想像より月は美しい場所ではない。

幽々子様が言っていた雨月の事を思い出した。

『実物より想像の方が何倍も大きく、何倍も美しい事を経験から知っていたのね』

 

「幽々子様……」

「ううん? 月の都への行き方が判らないのね?」

「まあ、判らないですが。それより何故……」

「月の都へは簡単には入れないわ。ある特別なルートを通らないと行けないの」

「幽々子様は、最初から月に来るつもりだったのですか?」

「紫にそう頼まれちゃったからねぇ……。でもここから先が問題なのよー」

私達は、紅魔館近くの湖に映った月に飛び込みこちら側に来たのだ。どうやら、その月は紫様が用意した入口であった。

幽々子様の行動には不明な点が多く、どうも信頼しきれなかったが、ここまで来たら幽々子様に付いていくしかなかった。

だが、月に来られた事は少しだけ嬉しかった。

私が吸血鬼の監視を独自で行ったのは、心の何処かで羨ましく思っていたのだろう。

私も自分の目で月を見てみたいと。

むしろ、自分を置いて吸血鬼達だけが月に行く、という事が悔しかったのかも知れない。

この時ばかりは幽々子様の自由な行動に感謝した。

 

しかし、その感謝した事が後悔に変わったのは、それから数刻経った後の事だった。

私は徹底的に自分と波長の異なる者達に振り回されただけなのだと、強く感じたのであった。



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